子どもがベンチで笑っていると腹が立つ――親の試合はベンチ外で始まっている

目次
試合残り3分。自分の子はベンチ。出場の気配なし。なのに横の子と何か話して笑っている。こちらは朝6時半に起きて、おにぎりを握り、水筒を用意し、ユニフォームを確認し、高速代を払い、駐車場で「関係者以外駐車禁止」の看板と三回にらめっこした末に体育館へ到着している。そこで息子を見ると、笑っている。
笑うな。
いや、笑ってもいい。子どもだから。
でも今じゃない。
親という生き物は、この三つを0.8秒で処理している。
子どもはベンチ、親は脳内でフル出場している
ベンチにいるのは子どもだが、精神的に一番運動量が多いのは親だったりする。「次は出るか」「今の交代で出るか」「いや出ない」「あ、アップ始めた」「違う子だった」。心拍数だけなら公式記録に載せていい。
しかも親は勝手に采配まで始める。「今はサイズが必要だからうちの子だろ」「相手5番に対して絶対うちだろ」「なぜそこで7番なんだ」。もちろんコーチには聞こえていない。聞こえていないのに采配には普通に参加している。スポ少の観客席には、登録されていない監督が大量にいる。
そして試合後、「今日はどうだった?」と穏やかに聞くつもりだった親が、車に乗った瞬間こうなる。
「悔しくないの?」
質問の形をしているが、選択肢は一つしかない。
「悔しい」
これが正解である。
「別に」
不正解。
「楽しかった」
追試。
ベンチで笑うと、親の中では勝手に裁判が始まる
子どもが笑った。
証拠A。
試合にあまり出ていない。
証拠B。
昨日、家でゲームをしていた。
証拠C。
はい、有罪。
罪状は「本気度不足」。
判決、「帰りの車で説教20分」。
弁護士、不在。
本人はたぶん「隣の子が変な顔したから笑った」だけである。
それでも親の頭の中では、「だから試合に出られないんじゃないか」「もっと悔しがれよ」「昨日シュート練習すればよかっただろ」と、過去72時間くらいの生活態度まで一気に証拠採用される。スポ少保護者裁判所は証拠能力の基準がかなり緩い。
親は「払ったもの」を全部覚えている
親は別に見返りを求めていない。
という建前になっている。
ただし脳は覚えている。
月謝。
シューズ。
ユニフォーム。
遠征費。
ガソリン。
高速。
駐車料金。
朝5時45分起床。
体育館の硬い椅子。
夏のグラウンド。
冬の体育館。
なぜか毎回自分の車に残る誰かのポテト。
全部覚えている。
だから子どもがベンチで楽しそうに笑っていると、脳内会計ソフトが突然起動する。
「本日の出場時間:4分12秒」
「本日の親の拘束時間:9時間」
「費用対効果:算出不能」
スポーツは投資ではない。分かっている。
分かっているが、朝6時に起きた日は人間も少し経営者になる。
「悔しそうな顔」を要求し始めると、競技が顔芸になる
親としては、出られないならせめて悔しそうにしてほしい。
腕を組み、唇をかみ、遠くを見る。
できれば汗も少し。
映画なら完璧である。
ただ実際の小学生は、3分後に友達とポケモンの話をしている。
「さっきの試合悔しくないの?」
「悔しいよ」
「じゃあなんで笑ってたの?」
「○○が屁こいたから」
終了。
親が3日間悩んだ問題が屁で解決することもある。
これが小学生スポーツの恐ろしさである。
大人は「競技に対する姿勢」という壮大な議題で話しているのに、本人は「屁」である。
帰りの車は、スポ少最大の危険地帯である
試合後の車内。
子ども「マック行きたい」
親「……」
子ども「ポテト食べたい」
親「今日の試合どうだった?」
来た。
スポ少保護者名物「ポテトから始まる反省会」。
子どもは今ポテトについて話している。
親は第2クォーターのディフェンスについて話したい。
会議の議題が完全に違う。
しかも親は運転しながらなので前を見ている。子どもも窓を見ている。誰も相手を見ていないのに、人生について話し始める。
「もっとやる気出さないと」
「出してるよ」
「じゃあなんでベンチで笑ってたの」
また戻った。
ベンチ笑顔事件、再審開始。
そして家まであと18分。
地獄としては十分な距離である。
親はコーチに言えないことを、子どもに言いがちである
「なんで今日あんなに出場時間短かったんだろう」
本当に聞きたい相手はコーチである。
しかし聞きにくい。
なので子どもに聞く。
「なんで出られなかったの?」
知らん。
本人も知らん。
選手交代を決めているのは本人ではない。
なのに親は聞く。
「アップのとき声出してた?」
「うん」
「アピール足りなかったんじゃない?」
もはや就職面接である。
そのうち、
「自己PRできてた?」
まで行きそうだ。
小6である。
履歴書はいらない。
他人の子が出ていると、急に算数が得意になる
普段は試合時間なんて正確に測っていない。
でも自分の子がベンチになると、突然すごい。
「あの子、もう12分出てる」
「あれ? さっきも出てたよね」
「うちはまだ3分くらいじゃない?」
何分何秒まで把握する。
NBAのスタッツ担当でもないのに。
さらにミスまで記録し始める。
「あの子今日ターンオーバー3回目だよ」
親の記憶力が急に覚醒する。
昨日「牛乳買ってきて」と言われたことは忘れたのに、他人の子のターンオーバーは覚えている。
人間の脳は実に不思議である。
さらに相手の親が楽しそうだと、なぜか腹が立つ
一番怖いのはここからだ。
試合にたくさん出ている子の親が、観客席で普通に笑っている。
別にこちらを見ていない。
何も言っていない。
悪いこともしていない。
それでも、
「楽しそうだな」
と感じる。
いや、楽しそうでいい。
試合を見に来ているのだから。
でも今じゃない。
またこれである。
親は自分の子の出場時間が減ると、世界全体に若干厳しくなる。
売店の焼きそばまで高く感じる。
「700円もするの?」
普段なら買うのに。
完全に関係ない。
「うちの子は気にしてません」が一番効くこともある
試合後、別の親に言われる。
「今日あんまり出なかったね」
ここで少し傷つく。
さらに、
「でも本人楽しそうだったね」
二撃目。
さらに妻から、
「本人別に気にしてないんじゃない?」
三撃目。
いや、気にしろ。
親の心の中で叫ぶ。
こちらは三日前からスタメン予想をしていた。
なのに本人は帰宅後すぐYouTubeを見ている。
「今日の試合の動画見る?」
「あとで」
見ない。
親はもう2回見た。
0.5倍速でも見た。
スポ少では、親のほうが勝手にシーズンを背負っている
子どもは今日の試合をやっている。
親は半年後の大会をやっている。
子どもは「次の練習火曜だな」と思っている。
親は「このままだと来年の新チームでどうなる」と考えている。
子どもは「帰ったらアイス食べたい」。
親は「今のポジション争いを考えると……」。
会話が成立しない。
タイムマシンの時間軸が違う。
そして親は、自分だけ未来を知っている気になりがちである。
「今頑張らないと後悔するぞ」
もちろん正しいこともある。
ただ小学生側からすると、まだ今日の夕飯すら知らない。
LINEを開くと、第二試合が始まる
試合は終わった。
家に帰った。
風呂も入った。
これで終了。
と思ったらLINEが鳴る。
「今日はお疲れさまでした!」
スタンプ。
スタンプ。
スタンプ。
そこで誰かが、
「今日の交代ちょっと気になったんだけど……」
始まった。
延長戦。
公式試合は終わったが、保護者リーグはまだ続く。
しかもこのリーグには審判がいない。
既読だけ増える。
誰も最初のシュートを打ちたくない。
全員センターサークル周辺をうろうろしている。
その間にも配車、次週の予定、集合時間、持ち物が流れる。
そこへスタンプ。
そこへ感想。
そこへ動画。
もう何が正式情報なのか分からない。
ClubCore(倶楽部コア)も、こういう「予定も配車も出欠も親の感想も全部LINE一本勝負」という状態を減らすために作っている。必要な情報は情報として整理し、雑談や感想とは分ける。親の感情まで管理する機能は残念ながらない。そこまで搭載すると、おそらく月額料金では収まらない。
結局、ベンチで笑っている子どもより親のほうが忙しい
試合中、子どもはベンチ。
親は、
采配。
出場時間。
他の選手。
他の親。
コーチ。
来年。
進路。
自主練。
昨日のゲーム時間。
今日の交通費。
全部考えている。
脳内で10人くらい働いている。
そりゃ疲れる。
そして試合終了後、子どもが言う。
「今日楽しかった」
親は一瞬止まる。
楽しかったのか。
まあ、それならいいか。
……いや、でもベンチで笑ってたよな。
まだ言う。
親とは、そういう生き物である。
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