少年サッカーでパスをもらえない子の共通点|仲間外れとプレー判断の境界線

少年サッカーでパスをもらえない子の共通点|仲間外れとプレー判断の境界線

日曜日の試合。自分の子が右サイドで手を上げている。前には誰もいない。親から見ると、もう「ここに出さないならどこに出すんだ」というレベルで空いている。

ところが中央の子は逆サイドへパスする。

次も来ない。

その次も来ない。

ここで保護者席にいる親の頭の中では、少年サッカーとは別の大会が始まる。

「うちの子、嫌われてるんじゃないか選手権」である。

しかも参加者は自分一人。審判も自分。ビデオ判定も自分。判決まで自分。

試合開始十五分で「たぶんあの子、わざと出してないな」まで話が進む。まだ前半である。少年たちはサッカーをしているのに、親だけ午後九時のサスペンスドラマに突入している。

ただ、少年サッカーでパスをもらえない理由は、大きく分ければ三つだ。

Aは「出したくても出しにくい」。

Bは「出せるけど、別の子に出したい」。

Cは「サッカーとは別の理由で、本当に外されている」。

問題なのは、親から見ると全部同じ「うちの子に出さなかった」に見えることだ。

つまり少年サッカーで一番必要なのは、ドリブルでもシュートでもなく、親の早とちりにイエローカードを出す能力なのかもしれない。

A 本人は空いているつもりでも、味方からは「出しにくい場所」にいる

まず確認したいのは人間関係ではない。

立ち位置である。

少年サッカーを見ている親がやりがちな勘違いが、「近くに相手がいない=フリー」である。

確かに自分の子の隣には誰もいない。

しかし、パスを出す子と自分の子の間に相手選手が一人立っている。

本人は自由。

ボールは不自由。

これは玄関の前には誰もいないのに、廊下の真ん中に力士が寝ているようなものだ。玄関は空いている。でも行けない。

「ほら!空いてるやん!」

親は言う。

空いている。

ただし道路がない。

本人がずっと手を上げて「ヘイ!」と言っていても、味方からすると「いや、聞こえてるけど、そこへ通すには相手DFを一回消さないと無理」ということがある。

しかも子どもは、親がテレビ中継で見ているような視点で試合をしていない。

親は上から全体を見る。

子どもは地上にいる。

親には右サイドが空いて見える。

ボールを持つ子には、相手の足、味方の背中、ゴール、コーチの声、昨日ゲームで負けたことまで全部入り込んでいる。

小学生の視野に要求しすぎである。

大人だって冷蔵庫を開けて「マヨネーズない」と言った三秒後に、妻から「目の前」と言われる。

その大人が「なぜ右サイドが見えない」と怒っている。

人類はもう少し謙虚でいい。

パスをもらえない子を見るなら、「来たか来なかったか」ではなく、「味方が顔を上げた瞬間に見える場所にいたか」を見る。

相手の後ろに隠れていないか。

横に並びすぎていないか。

走り出すのが早すぎないか。

逆に遅すぎないか。

声を出した頃には、もうボールが別の県に旅立っていないか。

ここに原因があるなら、仲間外れではない。

単にサッカーである。

親が心配していた壮大な人間関係ドラマは、ポジショニング一個で最終回を迎える可能性がある。

B パスは出せる。それでも「あの子に出したほうが安全」と判断されている

次が少し切ない。

自分の子は空いている。

パスも通る。

それでも来ない。

なぜなら味方が「あっちの子に出そう」と思っているからだ。

ここで親の中の名探偵が再び起床する。

「やっぱり嫌われてる」

違うかもしれない。

単に「あの子に渡したら何とかなる」と思われているだけかもしれない。

少年サッカーにも「とりあえずこの人に渡しとけ」という人間が存在する。

職場にもいる。

プリンターが止まる。

「あ、田中さん呼ぼう」

Wi-Fiが切れる。

「田中さんどこ?」

Excelがおかしい。

「田中さん!」

田中さんはいつから情報システム部になったのか誰も知らない。

サッカーでも同じだ。

上手い子が一人いる。

ボールを預ける。

抜いてくれる。

取られない。

シュートまで行く。

すると周りは学習する。

「困ったらあの子」

結果、ボールがそこへ吸い込まれる。

もはやパスではなく納品である。

「本日のボール一式、また10番宛でお願いします」

自分の子も空いている。

でも味方からすれば、「こっちに出すより、あっちのほうが事故が少ない」という判断なのかもしれない。

これはかなり現実的だ。

子どもだって試合中に毎回「全員に平等にボールを配布しよう」なんて考えていない。

そんな公務員みたいなパス回しはしない。

勝ちたい。

取られたくない。

怒られたくない。

困ったら上手い子。

だから親から見れば「なんで毎回あの子ばっかり」になる。

ただし、ここには見事な地獄の循環がある。

信用がないからパスが来ない。

パスが来ないから経験が増えない。

経験が増えないから信用されない。

「経験者募集。未経験者不可」の求人広告を、小学生がピッチ上でやっている。

かなり世知辛い。

だから、ここを本人の性格だけで解決しようとすると無理がある。

「もっと積極的に行け!」

行っている。

「もっと声出せ!」

出している。

「もっとアピールしろ!」

選挙か。

欲しいのは比例代表ではない。パスである。

しかも親が相手の子に直接「もっと○○にも出してあげて」と言い始めると、さらに面倒になる。

次の試合でパスが来ても、子どもはうれしくない。

「あ、お母さんが言ったから来たやつだ」

少年サッカー史上もっとも気まずいアシストである。

欲しいのは同情票ではない。

普通の選択肢として見てもらうことだ。

C 問題なのは「パスが来ない」ではなく、サッカー以外の場面でも外されているときだ

では、本当に仲間外れを疑うのはどこからなのか。

パスだけを見ていても分かりにくい。

見るのはピッチの外だ。

試合中に来ないだけなら、プレー判断で説明できることがある。

しかし休憩になっても一人。

給水でも一人。

二人組を作ると最後まで残る。

ゴールを決めても誰も寄ってこない。

ミスしたときだけ妙に強く責められる。

ここまで重なると、さすがに「全部ポジショニングですね」で終わらせるのは無理がある。

土曜日の練習試合。

右サイドを走る。

パスは来ない。

まだ分からない。

試合終了。

みんなが「次あっち行こうぜ」と移動する。

一人だけ後ろ。

休憩中、みんながボールを蹴っている横で、一人で靴ひもを延々結んでいる。

そんなに靴ひもは難しくない。

二周目に入っている。

次の試合。

その子がミスした瞬間だけ、一人が露骨に両手を広げる。

サッカーでよく見る「あーもう何してんだよ」の国際共通ポーズである。

こういうものが重なると、話は変わる。

ただし、それでも親がその日の帰宅途中に「いじめ確定」と判決を出すのは早い。

子ども本人が輪に入るのが苦手なこともある。

ミスを気にして自分から離れていることもある。

単純に仲良しグループが分かれている場合もある。

だから見るべきなのは「誰が悪いか」ではなく、「サッカー上の判断では説明できない外し方が繰り返されているか」だ。

サッカーの判断なら状況で変わる。

右が危険なら左。

前が無理なら後ろ。

空けば出す。

でも人間関係で外しているなら、状況が変わっても結果が変わらない。

誰もいない。

近い。

見えている。

声も出している。

それでも出ない。

そして試合が終わっても距離がある。

そこまで行けば、親の名探偵もようやく出勤していい。

それまでは有給休暇を取らせておきたい。

親が一番やってはいけないのは、一本のパスから犯人探しを始めることだ

自分の子がパスをもらえないと、親は冷静さを失う。

「今の絶対見えてたやろ」

「また出さんかった」

「あの子、自分でばっかり行くな」

試合中はこの程度である。

しかし車に乗ると分析が本格化する。

「前から思ってたけどさ」

危険な始まり方である。

「前から思ってたけどさ」で始まる話は、だいたい今日だけの話では終わらない。

夫婦で十五分話す。

「あの子、ちょっとあるよな」

さらに十五分。

「あそこの親もな」

三十分後。

なぜか相手の家庭環境まで推理している。

少年サッカーの一本のパスから、家庭教育論まで到達した。

すごい飛距離である。

帰宅後に本人へ聞く。

「今日、○○君がお前に全然パス出してなかったけど、何かあるの?」

本人。

「え?別に」

終わり。

親が車内で四十分かけて作り上げたNetflix全八話構成が、子どもの「別に」で打ち切りになる。

視聴率ゼロ。

ただし、この「別に」が毎回正しいとも限らない。

子どもは親に言いたくないこともある。

だから大事なのは、親が先に答えを入れないことだ。

「○○君、お前のこと嫌ってるんじゃない?」

これは最悪である。

それまで何も気にしていなかった子が、次の試合から数え始める。

一本来なかった。

「やっぱり」

二本来なかった。

「やっぱり嫌われてる」

三本来た。

「あれ?」

でも親の仮説は強い。

「今日はコーチに言われたんじゃない?」

親の陰謀論は修正が難しい。

何が起きても仮説が生き残る。

それはもうサッカー観戦ではなく、未確認飛行物体の研究に近い。

逆に「お前が下手だからだろ」で終わるのも雑である。

それで全部済むなら、少年サッカーの悩み相談は世界で最も短いサービスになる。

相談者「パスが来ません」

回答「練習しろ」

終了。

人類にチャットもカウンセリングもいらない。

だから親は、犯人を決めるより、状況を分ける。

そのほうが地味だが、役に立つ。

見るべきは「パスをもらった回数」ではなく、パスを出せる場面で何が起きていたか

試合後に「今日パス三本しか来なかった」と数える親もいる。

ただ、その三本という数字だけでは、ほぼ何も分からない。

ポゼッション率みたいに言われても困る。

小学生の試合を見ながら親がノートに正の字を書き始めたら、そろそろ自分でも怖い。

見るのは三つでいい。

A。味方から見える場所にいたか。

B。別の子に出す理由があったか。

C。理由がないのに、同じ外され方が続いているか。

例えば、自分の子が完全にフリーに見えた。

でも間に相手がいる。

A。

自分の子も空いていた。

でもゴール前でもっと良い場所に味方がいる。

B。

自分の子が近い。

相手はいない。

味方は顔を上げて一度見ている。

なのに毎回逆へ出す。

しかも試合外でも距離がある。

Cを疑う。

こうやって分けると、親の感情もだいぶ落ち着く。

「嫌われてる」

ではなく、

「今のはBっぽいな」

急に会話が研究者みたいになる。

夫婦で「今のA?」「いやBじゃない?」と話し始めたら、それはそれで少し面白い。

ただ少なくとも、「あの家は昔からどうも信用できない」まで話が飛ばなくなる。

少年サッカーのパス一本から町内会問題へ発展するのを防げるだけでも価値はある。

コーチには「なぜパスをくれないのか」ではなく「何を直せば選択肢に入れるか」と聞く

指導者へ聞くときも、言い方で話が変わる。

「うちの子だけパスもらえてないですよね?」

これだと、コーチはいきなり裁判官にされる。

しかも証拠映像なし。

「そうですかね……」

としか言いようがない。

聞くなら、

「ボールを受けるために、立ち位置とか動きで直したほうがいいところありますか?」

このほうがいい。

コーチが、

「相手の後ろに隠れることが多い」

と言えば、A。

「受けた後にすぐ失うことが多いから、味方がまだ預けにくい」

ならB。

「いや、あの場面なら出してもよかったですね」

が何度も出てくるなら、少し別の話になる。

原因が見える。

親が欲しいのは、「うちの子かわいそうですよね」という同意ではない。

改善できる材料だ。

ところが感情が先に立つと、駐車場で相手の子に直接聞きたくなる。

「ねえ、なんで○○にパス出さないの?」

怖い。

小学四年生、突然の記者会見である。

マイクがあれば完全にアウトだ。

子ども「え……」

親「見えてたよね?」

子ども「……」

親「なんで?」

少年サッカーから事情聴取へ競技変更。

その翌週、相手の子はますます出しづらくなる。

「○○に出したら、またお母さんが来るかもしれない」

完全な逆効果である。

「もっと声を出せ」で解決しない子もいる

少年サッカーには便利な言葉がある。

「もっと声を出せ」

万能である。

パスが来ない。

「声出せ」

守備が遅れる。

「声出せ」

チームが暗い。

「声出せ」

そのうち雨が降っても「声出せ」で晴らそうとする勢いだ。

声は大事である。

ただ、声だけで全部解決するなら、世界一パスをもらえるのは魚市場の競り人である。

「ヘイ!」

と言えば来るわけではない。

相手DFの真後ろで「ヘイ!」。

聞こえる。

通らない。

ボール保持者がもう蹴ったあとで「ヘイ!」。

遅い。

味方から五十センチの位置で「ヘイ!」

近い。

それは相談である。

だから声だけではなく、位置とタイミングを見る。

いつ動いたか。

どこに入ったか。

味方が顔を上げた瞬間に見えたか。

受けたあと、前を向けるか。

ここまで見て初めて意味がある。

「もっと声出せ」は、ときどき指導ではなく、大人が原因分析を放棄したときに出るスポーツ界の「とりあえず再起動してみてください」に近い。

直ることもある。

直らないこともかなりある。

上手い子ばかりにボールが集まるチームには、別の難しさがある

特定の上手い子ばかりにボールが集まるチームもある。

別にその子が悪いわけではない。

上手い。

抜ける。

取られない。

シュートまで行く。

なら出したくなる。

むしろ味方からすれば正常な経営判断である。

「今期も10番への投資を継続します」

みたいな状態になる。

ただし、ずっとそれを続けると他の子が育ちにくい。

10番。

触る。

運ぶ。

判断する。

ミスする。

また触る。

経験値獲得。

その他。

走る。

また走る。

少し走る。

ラインを割ったボールを拾う。

水を飲む。

これは育成というより有酸素運動教室である。

親は「うちの子だけパスが来ない」と思っていたのに、よく見ると四人くらい同じ状態だった、ということもある。

つまり仲間外れではない。

公平に外されている。

それはそれで何とも言えない。

人間関係の問題ではなく、チーム全体のサッカーの作り方かもしれない。

「困ったらエースへ」

を続けるのか。

他の子にも判断させるのか。

ここは指導者の考え方がかなり出る。

親が自分の子だけ見ていると、

「なんでうちの子だけ」

になる。

一度全員を見る。

「あ、あの子も全然来てない」

「あの子も」

「あっちも」

最終的に「10番以外ほぼ来てないやん」。

事件解決。

犯人は人間関係ではなく戦術だった。

推理ドラマとしてはかなり地味な最終回である。

結局、境界線は「嫌われているか」ではなく、プレーで説明できるかどうかにある

少年サッカーでパスをもらえない。

親としては気になる。

当然である。

自分の子が十五分走り続けて一回もボールを触らなければ、「今日参加費、ランニング代だったのかな」と思う。

ただ、そこで即「仲間外れ」にすると話がおかしくなる。

A。出しにくい場所にいる。

これは本人が改善できる。

B。出せるけど別の子のほうが信用されている。

これは本人の技術やプレー上の信頼、そしてチームの作り方を見る。

C。プレー上の理由がないのに、特定の子だけ何度も外され、ピッチ外でも同じ距離がある。

ここで初めて人間関係を疑う。

この順番で十分だ。

最初の試合へ戻る。

右サイドで自分の子が手を上げている。

親は思う。

「今だ!」

中央の子は逆へ蹴る。

以前なら、

「また出さんかった。絶対何かある」

だった。

でも次からは少し違う。

「あれ、間に一人いるな」

A。

次。

「こっちも空いてるけど、ゴール前の子のほうがいいな」

B。

次。

「いや、今は出せたやろ」

その次も。

「今も出せたな」

休憩中も一人。

「あ、これはちょっと見ておこう」

C。

これでいい。

一本のパスが来なかっただけなら、ただのサッカーである。

三本来なかっただけでも、まだサッカーかもしれない。

親が一本目から人間関係を断定すると、試合終了前に相手の家族構成まで調査し始める。

そこまで行ったら、問題はパスではない。

保護者席に名探偵が一人増えている。

あなたのチームではどうですか?

スポ少・少年団・クラブチームで実際にあった出来事や、保護者として感じていることを匿名で教えてください。ClubCoreブログの記事づくりの参考にさせていただく場合があります。

※個人名・チーム名・学校名など、個人や団体を特定できる情報は入力しないでください。

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