スポ少の配車でガソリン代はいくらもらう?「近場は無料」が地味に揉める理由

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「今度の試合、近いからガソリン代なしでいいよね」。スポ少界には、誰が作ったのか分からないのに全員が従っている謎の法律がいくつかある。「子どものためだから」は憲法、「できる人ができる範囲で」は民法、そして「近場はガソリン代無料」は道路交通法あたりだろうか。もちろん全部そんな法律はないのだが、効力だけはやたら強い。
「でも近場でもガソリンは使うよね」と言った瞬間、なぜか言った側が細かい人になる。近場になるとエンジンが急に友情で動き始めるのだろうか。知らなかった。自動車メーカーが何十年も研究してきた燃費問題を、スポ少保護者会は「近いから」で解決している。技術革新とは案外、体育館の駐車場から生まれるのかもしれない。
結論から言えば、スポ少の配車でガソリン代を決めるなら、「近場は無料」をやめて、A・近距離、B・中距離、C・遠征のような簡単な共通基準にするのが一番分かりやすい。300円か500円かという金額より、「Aさんは無料、Bさんは500円、Cさんは何も言わない」という状態をなくすほうが先だ。ガソリン代の話を各家庭の性格診断にしてはいけない。
A:「近場だから無料」の「近場」を誰も説明できない
まず「近場」とは何キロなのか。5キロなのか、10キロなのか、車で20分なのか。渋滞して40分かかった場合は途中から中距離へ昇格するのか。誰も知らない。それなのに配車LINEでは「今回は近場なのでガソリン代なしでお願いします」と、国土交通大臣でもなかなか出せない自信で料金が決定される。距離の定義はないのに料金だけ0円。なかなか攻めた料金体系である。
しかも「会場まで20分」と「車を出す親が20分運転する」は全然違う。自宅から集合場所へ行き、少し早く着き、一人来ないので待ち、ようやく来たと思ったら「すみません、うちの子酔いやすいので前のほうで」と座席会議が始まる。会場では駐車場を探し、帰りは一人見つからず、探したら友達としゃべっている。片道20分のはずなのに、運転手だけ「水曜どうでしょう」のロケみたいになっている。
それでも請求するのが数百円だと、「払って」とは言いにくい。3万円なら堂々と請求できるが、300円になると突然、人間の器まで審査される。「300円くらいいいじゃん」と言われそうだから黙る。では毎週その「300円くらい」を払う側になっても同じことを言えるのかという話なのだが、なぜか「くらい」は払う人ではなく、受け取る人に要求される。便利な日本語である。
だから表面上は揉めない。「いいよ」「大丈夫」「近いし」と笑って終わる。ただし心の中では、誰にも見えない請求書が毎週発行されている。支払期限は書かれていない。請求先も分からない。そして半年後、突然「もう車出したくない」という形で一括請求される。延滞利息が人間関係なので、かなり高い。
B:「うちはガソリン代いらないよ」が、なぜか他人の車にも適用される
次に登場するのが、「うちは別にガソリン代いらないよ」と言う優しい保護者だ。本当に気にしていない人もいるし、それはもちろん自由である。問題は、その人の善意がいつの間にかチーム標準料金0円へ昇格することだ。Aさんが「私はいらない」と言った翌週、Bさんが車を出しても誰もガソリン代の話をしない。Aさんの太っ腹が、知らない間にBさんの腹にも移植されている。他人の腹で太っ腹になってはいけない。
Bさんも数百円のために「私は欲しい」とは言いづらい。そこで登場する万能日本語が「大丈夫だよ」である。「本当に気にしていない」「今回はいい」「ちょっと気になる」「言うのが面倒」「二度と車出したくない」の五段階を、たった五文字で処理できる。日本語検定一級でも見分けるのは難しい。スポ少の「大丈夫」は、医者に言われる「大丈夫」と同じ感覚で信用してはいけない。
そして数か月後、配車LINEに「車出せる方お願いします!」と流れる。既読は増える。返事は増えない。「最近、車出してくれる人減ったよね」と運営側が首をかしげる。減ったのではない。学習した可能性がある。一度手を挙げると次回も候補、三回出すとレギュラー、半年続けると終身名誉ドライバーである。引退試合はない。
C:300円では怒らない。「当然でしょ」という空気に腹が立つ
ここがガソリン代問題の本体だ。車を出す親だって、300円が欲しくて朝から体育館へ向かっているわけではない。毎回車を出し、他人の子を乗せ、安全運転し、試合終了まで待ち、帰りも送る。その途中で「帰りだけ別の車に変更できますか?」という連絡が入る。なぜこの手の変更は、配車表を作っている最中ではなく、完成した瞬間を狙って飛んでくるのか。配車担当者のスマホだけ突然、航空管制塔になる。
それでも一度や二度なら何とも思わない。ところが「いつもやってくれる人」になると話が変わる。ある週、「すみません、今週は予定があって車出せません」と送る。「了解です!ほかに出せる方いますか?」。普通の返信だ。何も悪くない。ところが毎週車を出してきた親の脳内では、「了解です!」が「今週は戦力外です!」に変換されることがある。人間の脳には過去の車出し回数を頭上に表示する機能が搭載されていない。
そして帰宅後、夫婦で「もう車出さなくていいんじゃない?」「そうしたいけど、子どもがチームにいるからな」「毎回こっちが出すのもおかしくない?」となる。体育館では事件ゼロ。LINEも平和。かわいいスタンプまで飛んでいる。しかし自宅リビングでは第17回スポ少配車問題臨時国会が開会している。野党も与党も夫婦二人しかいないのに、なかなか法案が通らない。
「じゃあ1km何円?」まで行くと、今度はスポ少が運送会社になる
では実費を完璧に計算すればいいのかというと、それも怖い。「往復38.4km、燃費がリッター12.7km、今日のガソリン価格が……」。待ってほしい。子どもは体育館でアップしているのに、親だけ駐車場で経理部を立ち上げている。電卓をたたいている間に第1クォーターが始まる。応援より先に小数点第二位まで出してどうする。
しかも軽自動車、ミニバン、ハイブリッドで燃費が違う。電気自動車が来たら「電気代ください」「どこで充電しました?」「自宅です」「契約している電力会社は?」「昼間料金ですか?」となる。ここまで来ると保護者LINEではなく、電力自由化相談窓口である。そのうち「タイヤも減っている」と言い始め、「オイル交換費用は?」「減価償却は?」となり、最終的に車両本体価格まで同乗者で割り始める。新車が買える。
だから必要なのは、1円単位の完璧な公平ではない。多少大ざっぱでも、同じ条件なら誰の車でも同じ扱いになることだ。スポ少のガソリン精算で税理士を呼ばなくて済む程度がちょうどいい。税理士の子がチームにいたとしても、休日くらい休ませてあげたい。
A・B・Cくらいで分ければ、ガソリン代は十分整理できる
そこでA・B・Cである。Aは近距離で少額の定額、Bは中距離でAより少し高い定額、Cは遠征や高速道路を使う移動で、定額に高速代や有料駐車場代など実際に発生した費用を加える。 チームでよく使う会場をあらかじめA・B・Cに振り分ければ、試合のたびに「本日のガソリン相場」を発表する必要もない。スポ少に為替レートはいらない。
もちろん「AとBは何キロで分けるんだ」と言う人は出てくる。人類は境界線を見ると議論したくなる生き物なので仕方ない。だから「この体育館まではA」「この地域の会場はB」「高速を使う会場はC」くらいでいい。毎週Googleマップを開き、「14.8kmだからAか?いや、帰りは別ルートだから15.2kmだ」と始めたら、もはや試合相手より距離との戦いになっている。
片道だけ乗る場合、兄弟で乗る場合、高速代、駐車料金など、実際によく起きるものだけ決めれば十分だ。想定外が出たら、そのとき追加する。最初から全事象に対応しようとすると、スポ少配車規約・全832条が完成する。子どもが卒団するとき、親だけ司法試験に受かっているかもしれない。
車を出した親に「500円ください」と言わせるのもやめたほうがいい
もう一つ、車を出した本人に金額を決めさせたり、請求させたりしないほうがいい。試合終了後、荷物を積み、子どもを集め、「忘れ物ない?」と確認し、一人いないので探し、トイレから戻ってきたところでようやく出発。そのタイミングで運転手が振り返り、「それでは本日のご乗車料金、一名500円になります」。嫌だ。完全に路線バスである。次回から整理券も必要になる。
だから配車を組む段階で、「今回はBなので一人○円」と決めておけばいい。運転する人は運転する。それだけ。車を出して、他人の子を預かって、安全運転して、最後に集金まで担当させたら、そのうち「次は○○体育館前、○○体育館前でございます。お降りの方はボタンを押してください」と言い始める。子どもが面白がって本当にボタンを押すので、絶対にやめたほうがいい。
さらに現金で毎回やり取りするなら、小銭問題まで発生する。「500円です」「千円しかない」「お釣りない」「じゃあ次回」「次回っていつだっけ」。また出た。スポ少界最強の金融商品、次回払いである。利息はつかないが、記憶からは消える。半年後には債権者も債務者も分からない。
乗せてもらう側だって、ルールがないと地味に困る
乗せてもらう家庭だって、無料で得したい人ばかりではない。「今日いくら払えばいい?」「いいよいいよ」「いや、でも」「本当にいいって」「じゃあ今度何かで」。出た。今度何かで。スポ少界の仮想通貨である。発行量はものすごいのに、交換所が存在しない。「今度」がいつなのか、「何か」が何なのか、ホワイトペーパーにも書いていない。
そして「今度何かで」の結果、お菓子が登場する。「この前乗せてもらったから」と1,000円くらいのお菓子を渡す。ガソリン代300円のお礼に1,000円を使った。経済として完全に負けている。すると受け取った側も「この前お菓子もらったから」と別のお菓子を返す。300円のガソリン代から始まった話が、最終的に焼き菓子の永久機関になる。フィナンシェだけがチーム内を循環し続ける。
さらに、一人だけ500円を渡すと「え、払うの?」となる場合もある。払わなければ「普通ちょっとくらい出すよね」と思われ、払えば「そんな堅く考えなくても」と言われる。どうしろというのだ。正解を選ぶゲームなのに、選択肢A・B・Cが全部不正解である。これなら最初からチームで決めてくれ、となる。
つまり、ルールがない状態は「自由」なのではない。全員が毎回、相手の顔色を見て料金を推測する制度である。乗せてもらう側は財布を出すタイミングを読み、運転する側は断るタイミングを読み、配車担当は全員の空気を読む。バスケットボールならまだしも、保護者までゾーンディフェンスをする必要はない。
結論。「近場は無料」ではなく「誰の車でも同じ」にする
結局、スポ少の配車でガソリン代をいくらもらうかに、全国共通の正解金額はない。ただ、揉めにくい形はかなり単純だ。Aは近距離、Bは中距離、Cは遠征や高速利用。チームの活動範囲に合わせて金額を決め、同じ条件なら誰の車でも同じ扱いにする。 これなら「○○さんはいらないと言った」「△△さんは500円だった」という、ガソリン代を使った人物評価大会を開催しなくて済む。
Aさんが「私はガソリン代いらない」と言うのは自由だ。ただし、その善意をBさんの車にまで勝手に標準装備しない。Aさんの車には付いている無料オプションが、全車種共通装備とは限らない。他人の善意を勝手にサブスク化してはいけない。しかも月額0円である。運営側にとってだけ最高のプランになってしまう。
ガソリン代300円そのもので人間関係が壊れるわけではない。「いつも同じ人が出す」「乗せてもらうのが当然になる」「請求した人だけ細かく見える」「断った週だけ協力的ではない親に見える」。そういうものが積み重なり、ある日300円が「もう車出したくない」に進化する。最初は小銭だったのに、最終形態が退役ドライバーである。育て方を完全に間違えている。
だから決めるべきなのは、「近場なら無料か」ではない。誰の車に乗っても、同じ条件なら同じ扱いになるか。 それだけでいい。保護者はすでに、出欠、当番、配車、LINE、試合、指導者、レギュラー争いで大量の空気を読んでいる。ガソリン代まで空気で決めたら、もう車に給油するものまで空気になってしまう。
残念ながら車は空気では走らない。
走るのは、だいたいいつもの保護者である。
あなたのチームではどうですか?
スポ少・少年団・クラブチームで実際にあった出来事や、保護者として感じていることを匿名で教えてください。ClubCoreブログの記事づくりの参考にさせていただく場合があります。
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