同じポジションの子の親同士は、本当に仲良くなれるのか?スポ少の「近いのに微妙」な関係

同じポジションの子の親同士は、本当に仲良くなれるのか?スポ少の「近いのに微妙」な関係

試合が終わったあと、体育館から駐車場まで並んで歩く。「今日暑かったね」「次の試合、朝早いね」「帰ったらユニフォーム洗わないと」。会話だけ聞けば、普通に仲のいい保護者同士である。ところが今日、片方の子はほぼずっとコートに立ち、もう片方は後半ほとんどベンチだった。しかも二人は同じポジション。ここから突然、ただの世間話だった「今日暑かったね」にまで妙な含みがあるような気がしてくるから、スポ少の人間関係は忙しい。

同じポジションの子を持つ親同士は、本当に仲良くなれるのか。答えは、なれる。ただし、「子どもの競争」と「親同士の感情」を完全に別フォルダへ保存できると思わないほうがいい。親の脳にはそんな便利なフォルダ分け機能は搭載されていないし、残念ながら設定画面を探しても出てこない。むしろ、その混ざり方を分かったうえで付き合える親同士のほうが、長く仲良くいられる。

昨日まで普通だったのに、スタメンが決まると会話が少しだけ難しくなる

入団したころは簡単だ。同じ学年、同じポジション、子ども同士も仲がいい。親も練習の待ち時間に話すようになり、遠征では隣の席になり、「最近シュート入るようになったね」なんて普通に言える。ところが学年が上がり、一人が先発、一人が途中出場という形が見え始めると、それまで何でもなかった会話の難易度が急に上がる。LINEで言えば、昨日まで無料プランだったのに、突然「人間関係プレミアムプラン」に強制加入させられたようなものだ。

例えば試合後、「○○君、最近すごく良くなったよね」と言われる。普通なら褒め言葉である。しかし、自分の子の出場時間が減った直後だと、受け取る側の頭の中に勝手に字幕が出る。「つまり、うちの子より上ってこと?」。もちろん相手はそんなことを言っていない。親の脳内翻訳アプリが余計な仕事をしているだけなのだが、このアプリはアンインストールが非常に難しい。

反対側も楽ではない。自分の子が活躍して「今日すごかったね」と言われても、「いやいや、全然だよ」「たまたまだよ」と必要以上に弱体化させる。本当はものすごくうれしい。帰りの車では本人以上にハイライトを思い出しているかもしれない。それでも隣に同じポジションの子の親がいると、なぜか自分の子の評価を二段階くらい下げて報告する。活躍した子の親が、試合後だけ急に辛口評論家になるのである。

仲が悪いから気まずいのではない。仲がいいから喜びにくい

ここは意外と見落とされる。同じポジションの親同士が微妙になると、「ライバル意識が強い親なんだろう」と片づけられがちだが、それだけではない。むしろ仲が良いほど、相手の子が出られなかった事情まで知っている。家で悔しがっていたことも、最近自主練していたことも知っている。だから自分の子がスタメンになった日に、何の遠慮もなくガッツポーズするほうが難しい。

ベンチ側も同じだ。相手の親が嫌いなら、心の中で多少ムッとして終われる。仲が良い相手だと、「相手は何も悪くない」と分かっているからこそ、行き場のない感情が残る。嫉妬している自分にも少し腹が立つし、そんな自分を相手に悟られたくもない。試合では子どもがディフェンスをしているが、観客席では親が自分の感情を全力ディフェンスしている。

だから、試合後の駐車場で普通に話している二人を見て、「何も気にしていないんだな」とは限らない。「今日は何を言ったら変に聞こえないかな」と、お互いにかなり高度な会話をしていることもある。スポ少では、子どもの試合が終わったあとに親の試合が始まる。しかもこちらは審判がいない。

「子どものことなんだから親は関係ない」は、理屈としては満点だ

レギュラーを決めるのは指導者で、プレーするのは子どもだ。親が競争しているわけではない。これは正しい。テストなら100点をあげたい。ただ現実には、親は送迎をし、練習を見て、シューズを買い、ユニフォームを洗い、朝早く起きて弁当を作り、週末をほぼチームの予定に合わせている。その状態で「では競技結果についてだけは完全に無関心でお願いします」と言われても、人間の設計上かなり無理がある。

さらに家へ帰ると、子ども本人が言う。「なんで今日、俺じゃなかったんだろう」。これを聞いた翌日に、その「今日出ていた子」の親と体育館で会う。相手の親は何も悪くないし、相手の子も悪くない。コーチにも起用の理由があるだろう。それを全部理解したうえで普通に「おはよう」と言う。スポ少保護者検定があるなら、かなり上位級の実技問題である。

問題は、悔しさや嫉妬を感じることではない。「そんなことを感じる親はダメだ」と自分で禁止してしまうことだ。禁止した感情は消えるわけではなく、だいたい別の出口から出てくる。「最近あの親、ちょっと感じ悪くない?」とか、「コーチとよく話してるよね」とか、本来とは違う話に変換される。そのあたりから、競技の問題だったはずのものが保護者同士の人間関係へ引っ越してくる。

一番ややこしいのは、明らかな実力差がない二人である

実力差がはっきりしているなら、意外と親同士は揉めにくい。始めたばかりの子と、何年も中心選手として出ている子を同じ条件で比較する人は少ない。難しくなるのは、「どっちが出てもおかしくない」と親が感じているときだ。今週はこちらが先発、来週はあちら。攻撃ならこっち、守備ならあっち。コーチが何を評価しているのかも、観客席からは全部見えない。

こうなると、頼まれてもいないのに親の頭の中へスカウト部門が新設される。「得点はあの子のほうが多いけど、戻りはうちの子のほうが速い」「今日の失点、あそこをカバーしていれば」「練習ではうちの子のほうが良かった気がする」。しかも自分の子を見るときだけVAR判定が少し甘い。映像を確認しても、おそらく判定は覆らないのに、親の脳内VARだけは何度でも再生される。

これは単純な親バカという話でもない。自分の子については、失敗した理由まで知っているからだ。「昨日寝不足だった」「足を少し痛めていた」「最近ポジションを変えられた」。一方、相手の子について見えているのは、その瞬間のプレーだけである。同じプレーを見ているようで、比較に使っている情報量がそもそも違う。公平な比較をしているつもりでも、親は最初から自分の子だけ解説付き映像で見ている。

親同士の関係を壊すのは、嫉妬より「子どもから持ち帰った物語」かもしれない

試合後の車内で、子どもはいろいろ話す。「あいつばっかり使われる」「今日パスくれなかった」「コーチが○○だけ褒めてた」「練習では俺のほうができてた」。別に子どもが嘘をついているとは限らない。本人には本当にそう見えたのだろう。ただ、試合や練習の全体像を十二歳の実況だけで完成させるのは、少々危険である。家庭内スポーツニュースは、記者と当事者が同一人物なのだ。

それでも親は、落ち込んでいる我が子を前にすると話を聞く。そして少しずつ、「もしかして、うちの子は不当に扱われているのでは」と考え始める。その翌週、それまで普通に話していた同じポジションの子の親を見ると、何もされていないのに印象が少し変わっている。相手からしたら理由が分からない。本人同士は一度も喧嘩していないのに、人間関係だけが勝手に一試合消化している。

しかも相手の家庭では、逆の物語が語られている可能性もある。「あの子、最近すごく当たりが強い」「自分は頑張ってるのに、あっちの親に嫌われてる気がする」。こうなると、親Aと親Bだけの問題ではない。子A、子B、コーチ、出場時間、試合結果、家庭での会話まで登場人物になる。二人の友情だったはずなのに、気づけば相関図がサスペンスドラマ並みになっている。

「コーチと仲がいい親」に見えた瞬間、競技と保護者会が混ざり始める

さらに面倒なのは、子どもの立場と親のチーム内役割が重なったときだ。中心選手の親が役員をしている。配車もまとめる。試合予定にも詳しい。指導者と話す機会も多い。本人は単に仕事を引き受けているだけかもしれないし、むしろ誰より面倒な作業をしている可能性もある。それでも外側から見ると、「あの家だけコーチと近い」という印象が生まれることがある。

そこで自分の子と相手の子が同じポジションだったら、さらに複雑になる。「役員だから情報が早いのでは」「コーチとよく話しているから何かあるのでは」と考え始める。しかし、話している内容は「次の大会、駐車場何台ですか?」かもしれない。ものすごく地味である。映画なら巨大な陰謀を相談していそうな距離感でも、現実にはビブスの枚数を確認しているだけだったりする。

ただし、事実がどうかとは別に、「あの親には強く言いにくい」と感じた時点で関係は対等ではなくなる。「親同士で揉めたら子どもまで居づらくなるかもしれない」と考えれば、不満があっても表には出さない。その不満は消えず、別の親とのLINEで熟成される。スポ少では不満にも熟成期間がある。しかもワインと違って、寝かせるほどおいしくなるとは限らない。

同じポジションの親と仲良くなるなら、「子どもの評価」を共有財産にしない

では、同じポジションの親とは距離を置くべきなのか。そこまで極端にする必要はない。同じ悩みを抱えているからこそ分かり合えることもあるし、卒団して何年経っても付き合いが続く関係になることもある。ただし長く付き合いたいなら、相手の子と自分の子の「評価」を、親同士の共通話題にしすぎないほうがいい。

「本当はどっちが先発だと思う?」「コーチはなんであの子を使うんだろう」「うちの子のほうがここはできるよね」。この手の会話は、その瞬間はものすごく盛り上がる。共通の不満は、親同士を高速で仲良くするからだ。「分かる」が三回、「それな」が二回続けば、昨日知り合った人でも戦友のような空気になる。スポ少版・友情スピード開通である。

ところが次の大会で起用が逆転したら、その会話が全部地雷になる。昨日まで一緒に「コーチの起用、分からないよね」と言っていた相手の子が、今日からスタメンになった。そこで突然「やっぱりコーチもよく見てるよね」と言い始めたら、さすがに人間関係の変速ギアが滑らかすぎる。だから競技評価を友情の接着剤にしないほうがいい。接着力は強いが、剥がすときにだいたい何か持っていかれる。

「相手の子を心から応援できる親」でなくてもいい

スポーツの世界では、ときどき理想が美しすぎる。「同じチームなんだから、どの子も自分の子と同じように応援しよう」。もちろん、本当にそう思えるなら素晴らしい。でも、自分の子がベンチで悔しそうにしている日に、そのポジションで出ている子を我が子とまったく同じ熱量で応援できない親がいても、それだけで性格が悪いとは思わない。親にそこまでの聖人性能を標準装備するのは無理がある。

拍手はできる。「ナイスプレー」とも言える。でも心の中では、「うちの子にも出てほしい」と思っている。それでいい。親まで完全なチームプレーヤーになろうとすると、感情そのものを取り締まり始める。体育館入口で手荷物検査のように「嫉妬は持ち込み禁止です」と言われても、だいたいポケットの奥に入っている。

大事なのは、嫉妬しないことではない。その感情を相手の子への悪口や、相手の親への攻撃に変えないことだ。「悔しい」と「相手がおかしい」は別である。ここを混ぜない親同士なら、同じポジションでも十分仲良くなれる。逆にここを混ぜると、競技の勝負がいつの間にか保護者席まで延長戦に入る。

仲良くなりすぎると、友情なのか偵察なのか分からなくなる

逆方向の問題もある。親同士が近くなりすぎることだ。毎週一緒にいる。遠征も同じ車。試合後は家族ぐるみで食事する。LINEも頻繁にする。そうなると「最近○○、調子どう?」「自主練何やってる?」「スクール変えた?」「コーチから何か言われた?」と、子どもの競技情報までどんどん共有されていく。

最初は普通の雑談である。ところがレギュラー争いが始まると、急に情報の意味が変わる。「新しいスクール行き始めたんだ」が、ただの近況報告だったはずなのに、脳内では「戦力補強」のテロップ付きで再生される。「最近シュート練習してるよ」が、なぜかライバル企業の新商品発表くらい気になる。親はスカウトでもGMでもないのだが、その頃には気持ちだけ編成部長になっている。

本当に長く付き合いたいなら、何でも共有しないほうがいい。子ども同士の競争まで親が共同管理し始めると、友情なのか情報戦なのか分からなくなる。「昨日何本シュート打った?」まで確認し始めたら、さすがに一度コーヒーでも飲んで落ち着いたほうがいい。親同士にも、適切なディフェンス距離はある。

保護者の仕事まで「仲の良さ」で回すと、競争が始まった瞬間に弱くなる

この話は、単なる友情だけでは終わらない。配車、当番、出欠確認、役員、遠征連絡まで「仲のいい保護者同士」で回しているチームでは、子どもの競争が親同士の運営にも影響しやすい。普段は「あの人に聞けば分かる」で済むが、関係が少しぎくしゃくした瞬間、「今あの人には直接聞きづらい」が発生する。たったそれだけで、必要な情報まで動かなくなる。

本来、配車できるかどうかと、親同士が仲良しかどうかは関係ない。出欠も同じだ。しかしLINEの会話だけで運営していると、誰が参加するのか、誰が車を出すのか、何が変更されたのかを、結局いつもの数人が頭の中で管理することになる。すると人間関係の温度差が、そのまま情報管理の性能差になる。これはチーム運営としては、なかなかの綱渡りである。しかも下にネットがない。

ClubCore(倶楽部コア)も、こうした「LINEの会話の中に情報が埋まり、いつもの担当者だけが全体を把握している状態」を減らすために作っている。予定、出欠、配車などの情報を人間関係とは別に整理しておけば、「今あの人とはちょっと話しづらい」が、そのままチーム全体の連絡不全になりにくい。もちろんClubCoreを入れた瞬間に嫉妬が消滅する機能はない。もしそんな機能まで完成したら、スポ少だけでなく会社と親戚の集まりにも売れるので、こちらが先に教えてほしい。

ツールだけで解決しないのも同じである。回答期限、期限後の扱い、変更の方法、誰が最終的に決めるのかが曖昧なら、結局またLINEで「どうします?」が始まる。必要なのは、仲が良いから回るチームではなく、多少気まずい日があっても普通に回るチームだ。友情を運営システムの必須要件にしてしまうと、保護者は子どもの応援に来たのか、人間関係サーバーの保守担当なのか分からなくなる。

同じポジションの親とは、「何でも話せる」より「余計なことを持ち込まない」が強い

最初の駐車場の二人に戻る。片方の子は今日たくさん試合に出た。もう片方は途中からベンチだった。それでも二人は「次の試合、朝早いね」と話しながら車へ向かう。この姿を「本当は腹の中でいろいろ思っているから偽物の友情だ」と見る必要はない。大人の人間関係なんて、だいたい腹の中には多少いろいろある。

相手の子が活躍して少し複雑になる。自分の子が出られなくて悔しい。相手が落ち込んでいるから、自分の子の活躍を盛大には喜びにくい。それでもコーチへの不満を相手の子へ向けず、子どもの競争を親同士の勝敗に変えず、翌週会ったら普通に「おはよう」と言う。毎回ハグして「あなたの子の成功は私の喜び」と言わなくてもいい。日本の体育館で急にそれを始めたら、別の意味で少し心配される。

同じポジションの子の親同士は、本当に仲良くなれる。ただ、その友情は「何でも本音で話せる」「相手の子も自分の子と同じように応援できる」という綺麗な形でなくてもいい。少し悔しい日があり、少し距離を取りたい日があり、それでも相手の家庭を敵にはしない。そのくらいの距離感のほうが、スポ少では案外強い。

子どもたちは今日ライバルでも、来年には別のポジションにいるかもしれない。チームを移るかもしれないし、競技そのものを辞めるかもしれない。一方、親同士は卒団後にスーパーで普通に再会する。そこで「あのとき、お互い結構気を遣ってたよね」と笑える関係なら十分だろう。スタメン争いはいつか終わるが、近所のスーパーは意外と長い。

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