6年生になって親だけサッカー少年団を辞めた。子どもはスタメン、それでも「もう何もしない」と決めた保護者の話

6年生になって親だけサッカー少年団を辞めた。子どもはスタメン、それでも「もう何もしない」と決めた保護者の話

結論:その人が無責任になったのではなく、「親までサッカーチームの一員であり続けること」をやめた

知り合いに、少年サッカーをしている6年生の子どもを持つ保護者がいます。

その人は最近、コーチにこう伝えました。

「申し訳ないですが、これ以上はできません」

そして、チームの仕事をすべてやめました。

試合にも行かない。練習にも行かない。保護者としての仕事にも関わらない。

子どもだけが今までどおり練習へ行き、試合にも出ています。

しかも、その子はスタメンです。

これだけを聞けば、

「いや、それはさすがに親としてどうなの?」

と思う人もいるでしょう。

実際、本人も「周りの保護者からは相当よく思われていないと思う」と話しています。

それでも、戻るつもりはないそうです。

僕はこの話を聞いて、単純に「仕事を投げ出した保護者」とは思いませんでした。

むしろ興味深かったのは、この人が子どもを辞めさせるのではなく、**自分だけチームから降りる**という選択をしたことです。

少年サッカーでは、いつの間にか「子どもが所属する」と「親もチーム運営に所属する」がセットになります。

でも、本当にこの二つはセットでなければいけないのでしょうか。

今回の話は、そこを考えさせられるケースです。

6年生になったら、親の仕事まで最高学年になった

話を聞くと、負担が一気に重くなったのは子どもが6年生になってからでした。

少年団やクラブによって運営方法は違いますが、このチームでは6年生の保護者が担う仕事が多かったそうです。

さらに今年は、6年生そのものが少ない。

仕事が減るわけではありません。

だから、同じ仕事を少ない家庭で分けることになります。

結果として、一家庭あたりの負担が増える。

これは算数としては当たり前です。

ただ、スポ少ではここが意外と放置されます。

「例年6年生がやっているから」

「今までもそうだったから」

「みんな通ってきた道だから」

という理由で、仕事量そのものはあまり見直されない。

6年生が10家庭いる年と、5家庭しかいない年では、一家庭当たりの負担はまったく違うはずです。

それでも「6年生の仕事」という枠だけが残る。

こういうところから、特定の学年だけ異常に疲れる年が出てきます。

しかも子どもはスタメン。「うちもやらないと」という気持ちは本人にもあった

ここはかなり重要です。

この保護者は、最初からチームの仕事を嫌がっていたわけではありません。

むしろ、

「子どもはスタメンで試合に出してもらっている。その分、自分もやらないといけない」

という気持ちがかなり強かったそうです。

これ、少年スポーツの保護者にはかなりある感覚だと思います。

誰かから明確に言われたわけではない。

「スタメンの親は仕事を多くしてください」という規則があるわけでもない。

でも、試合で自分の子がずっと使ってもらっている。

そうすると、

「これだけお世話になっているんだから」

という気持ちが出てくる。

だから多少大変でもやる。

他に人がいなければ引き受ける。

面倒でも断らない。

本人もそのつもりでやってきたそうです。

ただ、ここには結構危ない構造があります。

子どもが活躍すればするほど、親が勝手に「借り」を感じ始めるからです。

でも考えてみれば、少し変な話です。

スタメンで試合に出ることは、親の労働への対価ではない

子どもがスタメンなのは、基本的には監督やコーチが競技上の判断でその選手を起用しているからです。

少なくとも、

「お父さんが今月三回車を出したからスタメン」

ではないはずです。

逆に、

「親が当番をしないからベンチ」

でも困ります。

本来、この二つは別の話です。

ところが保護者になると、自分の中で勝手につながってしまいます。

「子どもがこれだけ出してもらっているんだから」

「うちだけ何もしないのは申し訳ない」

「スタメンの親が来ないのは感じが悪いかな」

この心理があるため、断るハードルが一気に上がります。

これは誰かから強制されているというより、スポ少独特の空気が作る自己規制に近い。

だから外から、

「嫌なら断ればいいじゃん」

と言うのは簡単です。

でも当事者になると、そう簡単ではありません。

一つ一つの仕事はできる。でも、全部足すと生活に入り込みすぎる

スポ少の負担について話すと、

「配車なんて月に何回かでしょう」

「当番って数時間じゃないですか」

と言われることがあります。

確かに、仕事を一個ずつ切り取ればそうです。

問題は、スポ少の負担は単品で来ないことです。

試合がある。

練習がある。

遠征がある。

そのたびに、何らかの保護者仕事が付いてくる。

さらにLINEが来る。

変更が来る。

誰かが来られない。

穴が空く。

誰がやるのかという話になる。

つまり、土日の数時間だけ拘束されているわけではありません。

平日から頭の片隅にチームのことが居座ります。

「今週末は何の担当だっけ」

「誰に確認するんだっけ」

「この連絡、返事しないと」

こういう小さいタスクがずっと続く。

本人が限界になったのも、一発の大事件が起きたからではなかったそうです。

ただ、

「もう無理」

になった。

こういう限界の来方のほうが、むしろ現実的だと思います。

最終的に「少し減らす」ではなく「全部やめる」を選んだ

普通なら、

「仕事を半分にしてください」

「この当番だけ外してください」

という交渉もできたはずです。

でも、その人はやりませんでした。

全部やめました。

僕はここがこのケースで一番興味深いと思っています。

本人の感覚では、少しだけ残したら、また元に戻ることが分かっていたそうです。

人が足りない。

「今回だけお願いできますか」

となる。

自分も断りづらい。

そしてまたやる。

次も、

「前回やってもらったので」

となる。

結局、「少しだけ」という状態を維持するためにも、毎回断る作業が必要になります。

それもしんどい。

だから、ゼロにした。

この判断はかなり極端です。

誰にでも勧められる方法ではありません。

ただ、既に限界を超えた人にとっては、中途半端に一割残すより、一度完全に離れるほうが楽になる場合がある。

本人はそう判断したわけです。

しかも、他の保護者には説明しなかった

その人は、コーチには事情を伝えました。

でも他の保護者には、基本的に説明しなかったそうです。

特に5年生の保護者に対して、

「今年の6年生は人数が少ないから、こんなに大変なんです」

と理解してもらおうとはしなかった。

理由を聞くと、かなり現実的でした。

「説明しても、多分分からないから」

ということでした。

これは「5年生が悪い」という話ではありません。

まだその立場を経験していないからです。

人間って、経験していない負担を正確に想像するのは難しい。

説明すれば、

「でも私たちも仕事はしています」

「来年は私たちも6年生になります」

「みんな大変じゃないですか」

となるかもしれない。

全部、間違ってはいません。

でも本人が欲しいのは議論ではありません。

「誰のほうが大変か」を決めたいわけでもない。

ただ、

「私はもうできません」

ということだけです。

だったら、運営上伝える必要があるコーチにだけ伝えればいい。

全員に事情を説明して理解を取り付ける作業まで始めたら、それ自体がまた新しい仕事になります。

これも、一つの割り切り方だと思います。

当然、周囲からは「何もしない親」に見える

ここを綺麗事にする必要はないと思います。

外から見れば、

子どもはスタメン。

毎週試合に出ている。

でも親は試合に来ない。

練習にも来ない。

仕事もしない。

かなり目立つと思います。

本人も、

「相当顰蹙を買っていると思う」

と分かっています。

おそらく実際、

「何であの家だけ?」

と感じる保護者はいるでしょう。

これは当然の反応でもあります。

残った人からすれば、その人が抜けた分の仕事を誰かがやらなければいけません。

だから、この決断によって周囲の負担が軽くなるわけではありません。

むしろ一時的には増えるでしょう。

ここを無視して、

「勇気ある素晴らしい決断です」

だけで終わるのも違うと思います。

他の保護者には他の保護者の事情があります。

それでも本人は、

「どう思われるか」と「これ以上できるか」を分けた。

嫌われないために無理を続けることをやめたわけです。

僕なら、この人を責める前に「なぜ一人抜けただけで困るのか」を見る

もちろん、引き受けた仕事を突然何も言わず放置して、周りを困らせるのは違います。

今回のケースでは、少なくとも責任者であるコーチには「もうできない」と伝えています。

そのうえで考えたいのは、

一人の6年生保護者が降りた瞬間に運営が苦しくなるなら、そもそも仕事の設計が危うくないか、ということです。

今年は6年生が少ない。

なら、仕事そのものを減らすことはできないのか。

去年まで10家庭でやっていたものを、今年5家庭なら同じ形で続ける必要があるのか。

「昔から6年生の仕事だから」

という理由だけで続いている業務はないのか。

これを見直さず、

「抜けた保護者が無責任だ」

だけで処理すると、今度は残った人の誰かが限界になります。

一人辞めた。

残った四人で分ける。

負担が増える。

次に一人が嫌になる。

三人になる。

こういう崩れ方をするチームもあり得ます。

問題は最初の一人の性格ではなく、人数が変わっても仕事量を変えない構造です。

スポ少には「仕事を減らす」という発想が意外と少ない

人手不足になると、多くの組織はまず、

「誰かできませんか?」

と考えます。

スポ少も同じです。

でも本当は、その前に、

「これ、そもそもやめられないの?」

を考えるべきです。

毎年作っている資料。

毎年やっているイベント。

細かすぎる当番。

複雑な連絡方法。

何となく伝統として残っている仕事。

一個ずつには理由があっても、全部必要とは限りません。

特に学年人数が少ない年まで、前年と同じオペレーションを続ける必要はないはずです。

人が半分になったなら、仕事も減らす。

企業なら普通に考えることです。

でもスポ少になると、

「子どものためだから」

で労働量だけ維持されることがあります。

そこは一度疑ったほうがいいと思います。

「子どものため」が、親を断れなくする最強の言葉になる

スポ少で非常に強い言葉があります。

「子どもたちのために」

これを言われると、反対しづらい。

配車も子どものため。

当番も子どものため。

イベントも子どものため。

試合の手伝いも子どものため。

全部間違ってはいません。

でも、それを積み重ねると、

「子どものためなら親はいくらでもやるべき」

に近づいていきます。

これには上限が必要です。

子どものためでも、できないものはできない。

子どものためでも、家庭生活や仕事を壊す必要はない。

子どものためでも、一部の人が限界まで我慢する運営は持続しない。

この線引きをする人がいないと、「一番断れない人」が最後まで仕事を背負います。

子どもを辞めさせる前に「親だけ降りる」という選択肢

この話で僕が一番考えさせられたのはここです。

親が限界になると、

「もうサッカーを辞めさせたい」

という方向へ行きがちです。

でも、子ども自身はサッカーが好きかもしれません。

友達もいる。

スタメンで試合にも出ている。

本人には辞める理由がない。

だったら、

子どもは続ける。

親は離れる。

という選択があってもいい。

もちろん、チームによっては送迎や保護者参加が必須で、現実的に難しい場合もあります。

だから万能な方法ではありません。

ただ、「親が耐える」か「子どもが辞める」かの二択しかないと思い込む必要もありません。

今回の保護者は、三つ目を選びました。

もし同じ状態なら、最初に「何が嫌なのか」を分けて考えたほうがいい

「もう少年団が嫌だ」

と思っている人は、まず一度切り分けてみてください。

嫌なのは、

子どものサッカーそのものなのか。

試合を見ることなのか。

チームの人間関係なのか。

保護者の仕事なのか。

LINEなのか。

当番なのか。

「断れない自分」がしんどいのか。

ここを混ぜると、最後は「全部嫌」になります。

今回の人が嫌になったのは、子どものサッカーそのものではありませんでした。

だから、子どもは残した。

親だけ抜けた。

問題のある部分だけを切ったわけです。

これは結構合理的です。

チーム側が確認すべきは「その保護者の態度」ではなく、抜けた後に出てきた仕事の量

もし、今までよく動いていた保護者が突然、

「もうできません」

と言ったら、その人の態度だけを見ないほうがいいと思います。

その人が抜けた後に、何個の仕事が残ったのか。

そこを見る。

配車。

当番。

連絡。

大会準備。

会場対応。

下級生への連絡。

もし大量に出てきたなら、その仕事は昨日突然発生したわけではありません。

それまで、その人がやっていたということです。

周囲に見えていなかっただけです。

つまり、

「突然何もしなくなった」

のではなく、

「突然、今までやっていた仕事が見えるようになった」

とも言えます。

ここはかなり大きな違いです。

ClubCoreを作っていても、一番減らしたいのは「見えない仕事」です

ClubCore(倶楽部コア)で出欠、配車、担当、連絡事項などをまとめようとしている理由も、この問題とつながっています。

スポ少では、目に見える当番より、見えない調整に時間を取られます。

誰が返信していない。

誰に確認する。

誰が車を出せる。

誰がどの仕事を担当している。

これを一人の保護者が頭の中やLINEで管理している。

その人が処理してしまうので、他の人には負担が見えません。

そして、

「普通に回っている」

ことになります。

本当は、その状態が一番怖い。

一人が抜けた途端に全部止まるからです。

ClubCoreですべての人間関係を解決できるとは思っていません。

ただ、少なくとも「誰が何をやっているのか」を見える状態にして、特定の人の頭の中だけで運営しないようにする。

それだけでも、限界まで気づかれない人は減らせると思っています。

まとめ:この人はサッカーを辞めたのではなく、「保護者業」を辞めた

僕が聞いたこの話を、

「無責任な保護者の話」

として見ることもできます。

6年生なのに仕事をしない。

子どもはスタメン。

試合にも来ない。

残った人からすれば、腹が立つかもしれません。

その見方も理解できます。

でも、もう一つの見方があります。

6年生になって仕事が劇的に増えた。

今年は同学年も少ない。

子どもがスタメンだから、自分もやらなければと思っていた。

だから頑張った。

でも限界になった。

そして、

「子どもを辞めさせる」

のではなく、

「自分だけ降りる」

と決めた。

僕はこの選択自体より、**そこまで行かないと止められなかったこと**のほうが問題だと思います。

本来なら、

仕事が10ある。

人が少ない。

だから5に減らそう。

でいいはずです。

でもスポ少では、

仕事が10ある。

人が少ない。

だから一人当たりもっと頑張ろう。

になりやすい。

そして限界になった人が出ると、

「あの人は協力しない」

となる。

それでは順番が逆です。

誰かが「もうできません」と言ったとき、まず考えるべきなのは、その人の協調性ではありません。

**なぜ「もうできない」と言うまで仕事を減らせなかったのか。**

この問いを持たない限り、抜けた人の仕事は次の誰かへ移るだけです。

そして来年、今度は別の保護者が同じことを言うかもしれません。

あなたのチームではどうですか?

スポ少・少年団・クラブチームで実際にあった出来事や、保護者として感じていることを匿名で教えてください。ClubCoreブログの記事づくりの参考にさせていただく場合があります。

※個人名・チーム名・学校名など、個人や団体を特定できる情報は入力しないでください。

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