自主練をする子・しない子。親はどこまで口を出していいのか

目次
日曜日の夕方。午前中に試合が終わり、昼飯を食べて帰宅した子どもがソファでYouTubeを見ている。
今日の試合ではシュートを何本も外した。ドリブルではボールを取られた。コーチからも「もっとボール触ろう」と言われていた。
なのにYouTubeである。
しかもショート動画である。
親からすると意味が分からない。「お前、今日の試合の記憶、体育館に置いてきたのか」と思う。
子どもはソファに寝転び、ポテトチップスを食べながら笑っている。親の頭の中ではすでに自主練メニューが完成している。本人はまだ一秒も練習していないのに、親の脳内では左右のドリブルからシュート100本まで終わっている。
そして、ついに言う。
「今日シュート入らなかったんだから、ちょっと練習したら?」
「あとで」
出た。
スポ少家庭における「あとで」である。
「行けたら行く」「検討します」「前向きに考えます」と同じ棚に置いていい日本語だ。
30分後もYouTube。1時間後もYouTube。
ついに親が第二形態へ進化する。
「本当に上手くなりたいの?」
終了である。
ここから自主練は始まらない。
親子げんかが自主的に始まる。
結論から言えば、親が口を出していいのは「練習するかどうか」ではなく「練習できる状態を作るところ」までだ
自主練をする子としない子を見ると、親はすぐ「やる気」という便利な箱に全部入れたくなる。毎日ボールを触る子は意識が高い。寝転んでいる子は意識が低い。朝5時に走っていたら将来有望。昼まで寝ていたらドラフト圏外。
小学生に対する評価が早すぎる。
昨日までランドセル背負っていた人間である。
自主練をする子には、本人なりに始めやすい条件がある。「何をやればいいか分かる」「少しできるようになるのが面白い」「ボールを触ること自体が好き」「兄弟や友達と一緒にできる」。
逆に、自主練をしない子は、別にスポーツが嫌いとは限らない。「自主練しろ」と言われても、何をすればいいか分からないだけかもしれない。
親「自主練しろ」
子「何すればいいの?」
親「自分で考えろ」
いきなり経営者育成プログラムが始まる。
料理をしたことがない人に「夕飯作って」と言って、台所に包丁だけ置いて去るようなものだ。それで肉じゃがが出てきたら、もう自主練より料理の才能を伸ばしたほうがいい。
親が見るべきなのは「根性があるか」ではなく、「自分で始められる状態になっているか」だ。
ここを飛ばして「練習しなさい」を連発すると、毎晩同じ番組が始まる。
「練習しなさい」
「分かってる」
「分かってるならやりなさい」
「今やろうと思ってた」
「いつやるの?」
「あとで」
再放送率100%。
スポンサーは親である。
A.自主練をしない理由を、全部「やる気がない」で処理すると話がおかしくなる
試合の帰り道ほど、親の指導者能力が覚醒する時間はない。
「右ばっかり使ってたよ」
「もっと声出さないと」
「シュート打つとき肘が開いてる」
「ディフェンスで足止まってた」
運転免許しか持っていないのに、車に乗った瞬間にコーチライセンスまで付与される。
バックミラー越しに子どもを見る。
「聞いてる?」
聞いている。
聞いたうえで窓の外を見ているのである。
親からすれば改善点を教えているだけだが、子どもはその日の試合ですでにいろいろ食らっている。ミスした。怒られた。友達が活躍した。自分はベンチだった。最後のシュートを外した。
やっと終わって車に乗ったら、今度は車内解説席が開設される。
しかも逃げられない。
高速道路に入ったら最悪である。次のサービスエリアまで反省会から降りられない。
帰宅してようやくソファに座ったら、
「自主練したら?」
まだ続く。
延長戦である。
しかも本人は延長戦への出場を希望していない。
もちろん、単純に面倒で練習しない日もある。ゲームしたい。YouTube見たい。友達と遊びたい。寝たい。
親は「そんなことで上手くなれると思ってるの?」と言う。
まあ、その親も「痩せたい」と言いながらビールを飲んでいたりする。
人間とはそういう生き物である。
問題は「今日、自主練をしなかった」というだけの話を、親が壮大な人物評価に変えてしまうことだ。
「努力できない」
「向上心がない」
「だから試合に出られない」
「そんなことじゃ中学行っても通用しない」
最初は庭で10分ボールを触るかどうかだった。
気づけば中学校生活まで予言されている。
ノストラダムスでも、そこまでは見えない。
B.親が練習を管理し始めると、自主練なのに「自主」が消える
「自主練」という言葉には、ものすごく重要な二文字が入っている。
自主。
ところが親が本気になると、ここが最初に消える。
「今日は何分やった?」
「昨日より少なくない?」
「右100回、左100回やった?」
「適当にやったら意味ないよ」
「ちょっと動画撮るからもう一回」
もはや自主練ではない。
家庭内スポーツ庁である。
子ども一人に対して、監督、コーチ、練習管理責任者、映像分析班が全部親。
予算ゼロ。
人件費ゼロ。
子どもの満足度もゼロ。
最初は「ちょっと手伝ってあげよう」だったはずなのに、いつの間にか親が練習メニューを作り、時間を測り、回数を数え、フォームを直し、動画を撮り、終わったら講評まで始める。
自主練のフルコースである。
子どもは何をするのか。
指示に従う。
自主はどこへ行った。
昨日50本シュートしたら、今日30本では少なく感じる。週3回やったら、翌週2回だと「最近サボってない?」となる。
ついには自主練にも前年比が導入される。
「先月より練習量20%減ってるぞ」
上場企業の決算説明会ではない。
しかも親が管理すると、子どもの目的も変わる。
最初は「上手くなりたい」だったのに、そのうち「親に怒られないところまでやる」になる。
シュート50本。
48。
49。
50。
「終わった!」
最後の一本だけ異常に元気である。
上達した喜びではない。
釈放された喜びである。
「あの子は毎日自主練しているらしい」が、親を一番おかしくする
自主練問題に突然参戦してくるのが、他人の子である。
体育館の端で保護者同士が話している。
「あの子、毎朝自主練してるらしいよ」
「やっぱりね。上手いもんね」
これを聞いて帰宅する。
玄関を開ける。
自分の子が寝転んでゲームをしている。
さっきまで普通の我が子だったのに、急に「自主練をしない我が子」に見えてくる。
本人は知らない。
知らない間に「あの子毎朝練習してるらしい杯」にエントリーされている。
親「○○くん、毎朝練習してるんだって」
子「へえ」
親「へえ、じゃないよ」
いや、本人からすれば「へえ」である。
他人の朝練情報にどうリアクションすれば正解なのか。
「くそっ、負けられない!」
少年漫画ではない。
しかも「毎朝やっているらしい」の「らしい」が危ない。本当に毎朝なのか分からない。何分やっているのかも分からない。5分かもしれない。
ところが他人の子の5分は「毎朝努力している」になる。
自分の子の5分は「たった5分」。
謎の為替相場である。
他人の子自主練5分=努力家。
我が子自主練5分=やる気なし。
円安より激しい。
さらに「○○くんのお父さん、毎朝一緒にやってるんだって」と聞いたら、今度は父親まで大会にエントリーされる。
子どもの自主練だったはずが、最終的に父親同士の代理戦争になる。
誰も申し込んでいない大会である。
C.だからといって「本人に全部任せる」が正解でもない
では何も言わず、完全に本人任せにすればいいのか。
それも極端である。
「自主性を尊重してます」と言いながら、ボールが半年間物置に入っていたら、それは自主性ではなく収納である。
子どもは「上手くなりたい」と思っていても、「じゃあ今日何を練習する?」となると分からないことがある。
そこで親が少し手伝えばいい。
「今日、一個だけ直すなら何?」
「ドリブル」
「じゃあ何やる?」
「分かんない」
ここで親が覚醒する。
「じゃあ右50、左50、クロスオーバー50、レッグスルー50、フロントチェンジ50、最後に体幹――」
待て。
聞かれたのは「何やる?」である。
オリンピック強化指定選手の年間計画ではない。
親というのは、子どもが少しやる気を見せると嬉しくなって盛る。
「10分やる」
「せっかくだから20分やったら?」
なぜだ。
10分と言っている。
ラーメン屋で「替え玉いかがですか」と聞くくらい気軽に練習を追加してくる。
そして子どもは学習する。
「やる」と言うと増やされる。
すると次から何と言うか。
「やらない」
合理的である。
親が自主性を潰しているのに「最近自主性がない」と悩む。
犯人が捜査本部にいる。
親が口を出していいのは「時間」より「入口」と「出口」だ
親がやるなら、練習時間を監視するより、始めやすくして終わりやすくするほうがいい。
ボールをすぐ使える場所に置く。安全に練習できる場所を確保する。本人が「何すればいいか分からない」と言ったら一緒に考える。
そして決めた分が終わったら、終わり。
これが意外と難しい。
子ども「10分終わった」
親「調子いいじゃん。あと10分やったら?」
出た。
自主練延長オプション。
本人が延長を申請していないのに、自動更新される。
解約ボタンも見当たらない。
特に親が競技経験者だと大変だ。
子どもがシュートを打つ。
「肘」
もう一回。
「足」
もう一回。
「今の手首」
もう一回。
「軸が――」
子どもがボールを置く。
当然である。
無料なのに広告より頻繁に解説が入る。
本人が「見て」と言ってきたときに見る。それくらいでいい。
親が全部直そうとすると、子どもはシュートを打ったあとリングではなく親の顔を見るようになる。
入った。
チラッ。
外れた。
チラッ。
スポーツではない。
顔色当てゲームである。
自主練を続けさせたいなら、「やった?」ではなく「何やる?」に変える
「今日、練習した?」
この質問は便利だが、子どもからすると答えは二択しかない。
「やった」なら無罪。
「やってない」なら取り調べ開始。
質問の形をしているが、ほぼ職務質問である。
「ちょっと君、今日ボール触った?」
「触ってません」
「なんで?」
「いや……」
「上手くなりたいんだよね?」
もう逃げられない。
それなら「今日やるなら何やる?」くらいでいい。
「今日はやらない」
「分かった」
終わり。
ただし本人が「もっと試合に出たい」「上手くなりたい」と言ったなら、そのときだけ一球返す。
「じゃあ何する?」
ここで親は黙る。
3秒。
5秒。
親にとっては、この5秒がものすごく長い。
言いたい。
「ドリブルだろ」
「シュートじゃない?」
「コーチも言ってたじゃん」
喉まで出ている。
飲み込む。
親の自主練である。
子どもの自主練より、こっちのほうが難しいかもしれない。
本人が「分からない」と言ったら、「シュート、ドリブル、体力ならどれが気になる?」くらいまで選択肢を減らす。
三択である。
いきなり自由記述問題を出さない。
大人だって居酒屋で「何でも好きなもの頼んで」と言われるより、「焼き鳥か刺身どっち?」のほうが決めやすい。
「本気なら自主練するはず」は、親にとって都合のいい言葉でもある
「本気なら自主練するでしょ」
これは非常に強い言葉である。
反論しづらい。
確かに練習しなければ上手くならない。
でも「今日自主練しなかった」から「本気ではない」まで一気に飛ぶと、話がおかしくなる。
子どもは昨日「絶対うまくなりたい」と言っていた。
今日はゲームしている。
明日は公園でボールを触る。
明後日は何もしない。
土曜日の試合では死ぬほど悔しがる。
日曜日は昼まで寝る。
ブレブレである。
しかし大人も大差ない。
1月1日。
「今年こそ痩せる」
1月2日。
ウォーキング。
1月3日。
餅。
1月4日。
餅。
1月5日。
「正月だから仕方ない」
大人は自分の三日坊主には季節要因を適用する。
子どもの三日坊主には精神論を適用する。
かなり都合がいい。
しかも「本気ならやるはず」と言っている親自身が、健康診断でもらった「適度な運動を心がけましょう」という紙を冷蔵庫に貼ったまま一年間動かないこともある。
冷蔵庫だけが健康意識高めである。
子どもの本気は一直線ではない。
本気の日もある。
だらける日もある。
やる気が出たと思ったら、次の日には消えている。
Wi-Fiより不安定である。
それを毎日測定して「本気度、本日42%」などとやる必要はない。
親が決めるのは「毎日やれ」ではなく、口を出す条件だ
子どもに自主練のルールを作る前に、親の口出しルールを作ったほうがいい。
試合直後の車内で反省会を始めない。本人が相談してきたら一緒に考える。他人の子の自主練情報を輸入しない。本人が決めた量を勝手に増量しない。頼まれていないのにフォーム解説を始めない。
特に「他人の子の自主練情報を輸入しない」は重要である。
「あの子毎日やってるらしいよ」
この情報、家に持ち帰って何に使うのか。
冷蔵庫に貼るのか。
玄関に額装するのか。
本人に伝えて突然覚醒するなら苦労しない。
そして子どもが「もっと上手くなりたい」と言ったら、
「じゃあ、自分で何なら続けられそう?」
これだけ聞く。
10分と言ったら10分。
週2回と言ったら週2回。
親の理想より少なくても、本人が始めるならそこからでいい。
逆に、親が毎日「やれ」と言わなければ動かない状態なら、一度考えたほうがいい。
その練習を続けているのは誰なのか。
子どもなのか。
親なのか。
親が声をかけ、親がメニューを決め、親が時間を測り、親が褒め、親が怒り、親が翌日の予定まで決める。
ここまで来ると、子どもは自主練をしているのではない。
親の自主練に付き合っている。
日曜日の夕方。
ソファでYouTubeを見ている子どもに「練習しろ」と言いたくなる。
今日もシュートは入らなかった。
ドリブルも取られた。
改善点はいくらでもある。
でも、その言葉を一回飲み込んで、
「今日、一個だけ直すなら何?」
と聞いてみる。
「今日はやらない」
そう返ってくることもある。
そのときは仕方ない。
親だって日曜日の夕方、ソファでくつろいでいるところへ突然子どもが来て、
「今日お腹出てたから、今からランニングしたら?」
と言ってきたら、
たぶん腹が立つ。
しかも、
「本当に痩せたいの?」
まで言われたら、
確実に腹が立つ。
その腹が立つ理由を考えると、自主練に親がどこまで口を出していいのか、だいたい答えは出ている。
あなたのチームではどうですか?
スポ少・少年団・クラブチームで実際にあった出来事や、保護者として感じていることを匿名で教えてください。ClubCoreブログの記事づくりの参考にさせていただく場合があります。
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