自主練を毎日する子より伸びる子もいる?スポ少で「練習量だけでは決まらない」理由

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土曜の夕方、練習が終わった体育館で、まだシュートを打っている子がいる。チーム練習が終わっても打つ。家に帰ってもボールを触る。翌日も自主練。親としては、ここまで来ると「努力」というより、そろそろ体育館の管理人から合鍵を渡されてもいいレベルである。「これだけやっていれば、半年後には相当伸びるだろう」と期待する。
ところが半年後、試合で目立っているのは、練習が終わった瞬間に誰よりも早く靴を履いて帰っていた子だったりする。ここで親の頭の中に、頼んでもいないのに経理部が設立される。「待て待て。うちは自主練一時間×週七日だぞ。向こうはそんなにやってないだろ」。計算上はこちらの圧勝である。ところがスポーツにはタイムカードがない。残業時間を提出しても監督はレギュラーにしてくれない。
先に結論を言えば、毎日自主練している子より、練習量が少なく見える子のほうが伸びることはある。自主練が無意味なのではない。問題は、練習時間がそのまま上達量になるわけではないことだ。スポーツが「練習一時間につき経験値100」のゲームなら話は簡単だが、残念ながら現実世界には画面右上の経験値ゲージがない。
では、何が違うのか。見るべきなのは大きくA・B・Cである。Aは「何を練習しているか」、Bは「失敗したあと何を変えるか」、Cは「その子が今どんな成長段階にいるか」。この三つを無視して練習時間だけ比べると、親はそのうち子どもの上達ではなく自主練の勤怠管理を始める。
A 同じ一時間でも、中身は驚くほど違う
たとえばミニバスで、二人の子が一時間シュート練習をするとする。一人は同じ場所からずっと打つ。入った、外れた、また打つ。入った、外れた、また打つ。二十分を過ぎたあたりから、見ている親のほうが軽い催眠状態に入るが、本人は真剣である。もう一人は、キャッチしてすぐ打つ、ワンドリブルから打つ、左右を使う、試合で苦手だった位置から打つ。同じ「一時間自主練」でも、中身は別物だ。
もちろん反復練習は必要だ。フォームを身につけるには、同じ動きを何度も繰り返す時間もいる。ただし、昨日できたことを今日もやり、今日できたことを明日もやり、それを半年続けているなら、「練習を継続している」というより「得意技の再放送」になっている可能性がある。継続は力だが、算数ドリルの1ページ目だけを半年間解いても、最終的に1ページ目が異常に速い人が完成するだけだ。
そして試合には、自主練にはいなかった人たちが大量に登場する。サッカーならボールを持った瞬間に相手が来る。野球なら毎回打ちやすい球を投げてくれる親切な投手はいない。バスケなら目の前に突然人が立ち、こちらが一生懸命練習したシュートを本気で邪魔してくる。ディフェンスという、こちらの努力にまったく配慮してくれない人たちである。
だから一時間やったかどうかより、「昨日できなかったことに今日触れたか」を見たほうがいい。毎日一時間でも、できることだけを繰り返している子と、週数回でも試合で失敗したことを持ち帰って練習する子なら、後者が急に伸びてもおかしくない。「毎日やっているのになぜ?」の答えが、実は練習時間ではなく練習内容に隠れていることがある。
B 伸びる子は、練習中より「失敗した直後」が違う
保護者席から見ていると、子どもの差は成功した瞬間より失敗した直後に見えやすい。パスを取られた。シュートを外した。ボールを奪われた。三振した。そこで「あーもう!」と天井を見て本日の営業を終了する子もいれば、次のプレーで立ち位置やタイミングを少し変える子もいる。得点板には「反省+1」と表示されないので地味だが、この差は大きい。
百回失敗して百一回目もまったく同じことをするなら、根性部門では優勝候補だが、作戦担当者が長期休暇に入っている。逆に十回やって「待てよ、これじゃダメだ」と一つ変えられる子は、練習量が少なくても一回の失敗から持ち帰るものが多い。つまり上達は、「何回やったか」だけではなく「何回修正したか」でも変わる。
ところが、この修正する力を猛烈な勢いで奪いに来る人物がいる。親である。試合が終わり、車のドアが閉まった瞬間、「あそこはパスだっただろ」「もっと中に入らないと」「左空いてたじゃん」。さっきまで普通に観戦していた父親が、エンジン始動と同時に日本代表監督へ就任する。助手席から母親まで参戦すると、車内は緊急コーチ会議となり、後部座席の選手だけが途中退席できない。
もちろんアドバイスすること自体が悪いわけではない。ただ、親が失敗の原因と答えを全部言ってしまえば、子どもが自分で考える出番は減る。「今日、自分で一番もったいなかったと思うプレーは?」くらいで止めておくのも手だ。「知らない」と返ってきたら、その日は閉会でいい。毎試合帰宅するまで反省会を開催していると、そのうち子どもは試合より帰りの車を恐れ始める。
C 子どもの成長は、同じ速度で進まない
もう一つ親を混乱させるのが、子どもたちは同じ学年でも同じ速度で成長しないことだ。同じ「小学六年生」と書いてあるので、つい同じ規格の商品だと思いそうになるが、人体は家電ではない。「小6・2026年モデル」として全員同じ性能で出荷されているわけではない。
身体の大きさ、力強さ、スピード、バランス、動きを覚えるタイミングは一人ずつ違う。少し前までぎこちなかった子が、ある時期から急に身体を使えるようになることもある。逆に身体が急に大きくなり、本人が「腕と脚、昨日こんなところに付いてたっけ?」みたいな動きになる時期もある。親としては取扱説明書が欲しいところだが、出生時に付属していない。
ここで焦った親は努力量を増やしたくなる。「うちは毎日公園に行っている」「スクールにも行っている」「動画も撮っている」。気づけばスマホには子どもの試合動画が何百本も並び、家族旅行の写真より多くなる。さらにスロー再生まで始め、「ここ! この右足!」などと言い出したら、もう保護者というより映像分析班である。本人より親のほうが競技に詳しくなり、自主練なのか親の自由研究なのか分からなくなってくる。
それでも別の子が先に伸びることはある。だから同学年の子を毎週ランキングしても仕方がない。見るなら半年前の本人だ。右しか使わなかったのに左を使う。ボールだけ見ていたのに味方を見る。失敗すると顔に「本日の営業は終了しました」と出ていた子が、すぐ守備へ戻る。こういう変化が出ているなら、目立つ結果がまだ追いついていなくても、中ではちゃんと何かが動いている。
「あの子は自主練してないのに上手い」が一番危ない比較になる
スポ少に長くいると、なぜか他人の家庭の自主練事情に詳しくなる。「あの子、毎日公園らしいよ」「スクール二つ行ってるらしい」「あの家は平日何もしてないらしい」。CIAでもそこまで追跡しない。気づけば他人の子の週間スケジュールを、自分の子の学校の時間割より把握している。
ただ、本当に何をしているかは分からない。公園で一時間ボールを触っている姿は見えても、家で試合動画を見ながら考えている時間は見えない。逆に公園に一時間いても、二十分は水を飲み、十五分は友達としゃべり、残りは虫を追いかけていた可能性もある。「公園にいた時間」と「練習時間」は、会社の在席時間と仕事量くらい別物だ。
さらに危険なのが、「○○君はあまり自主練してないのに上手いよね」と本人の前で言うことだ。親としては何気ない感想でも、子どもの頭では「お前はあんなにやっているのに何なんだ」という字幕が自動生成される。親は怒ってもいないのに、自分で地雷を埋め、自分で踏み、「なんで機嫌悪いんだ?」と聞く。地雷処理班と地雷設置班が同一人物である。
自主練で見るべきなのは「毎日やったか」ではなく、A・B・Cである
ここまで来ると、親が見る場所はかなり絞れる。Aは、練習の中身が変わっているか。Bは、失敗したあとに本人なりの修正があるか。Cは、他人の成長速度ではなく、半年前の本人から何が変わったか。この三つを見る。自主練を週七回やるか週三回にするかという話は、その後でいい。
そして、もう一つだけ見るなら「本人がまだやりたいか」だ。練習が終わっても「もうちょっとやる」と本人が言うなら、その自主練はかなりいい。一方で、親が時計を見ながら「まだ30分しかやってないぞ」と言い、子どもが死んだ魚のような目でボールをついているなら、そろそろ自主練という名称を変更したほうがいい。「親主催・強制ボール接触会」である。
そもそも自主練という言葉には「自主」と書いてある。親が開始時刻を決め、メニューを作り、回数を数え、終了後に講評し、翌日の課題まで発表している場合、自主を担当している人物がどこにもいない。子どもが選手、親が監督、コーチ、トレーナー、映像分析、運営、広報を兼任している。スポンサーも親なので、ほぼ全役職制覇である。あとは体育館の鍵を持てば完成する。
練習量は武器になる。でも、量を競技にしてはいけない
だから結論は単純だ。毎日自主練している子より、練習量の少ない子が伸びることはある。Aの「何を練習したか」、Bの「失敗から何を変えたか」、Cの「今その子がどんな成長段階にいるか」が違えば、「週七時間」と「週三時間」だけを比べても答えは出ない。練習時間は努力の記録にはなるが、未来の実力を予約する整理券ではない。
自主練を毎日やること自体は強い武器になる。ただし、親が見るべきなのは「今日も一時間やったか」ではなく、「先月できなかった何が、今できるようになったか」だ。それが増えているなら、その自主練はちゃんと仕事をしている。増えていないなら、一時間を二時間にする前に中身を変える。ここを間違えて二時間、三時間と増やしていくと、最終的に一番伸びるのは親の忍耐力である。
本人が自分からボールを持って外へ行き、昨日失敗したことを勝手に試し始めたら、それはかなり強い自主練だ。親はメニュー表を印刷して追いかけなくていいし、他の子の練習時間を調査する必要もない。「あの子は何時間やっている」などと偵察を始めても、スポ少にはスパイ活動による勝ち点は存在しない。
毎日やった子が必ず伸びるのではない。毎日の中で、できなかったことを見つけ、考え、少しずつ変えられた子が伸びていく。
そして親は、たまに飛んでくるボールを避ければいい。何年も付き合っていると、その技術だけは確実に上達する。
子どもより先に親の反射神経が覚醒したら、それはそれで自主練の成果である。
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