強豪チームほど「欠席します」が言いづらくなるのはなぜ?家族旅行にまで罪悪感を持つ小学生スポーツの現実

目次
金曜の夜、家族で夕飯を食べている。翌月の三連休に一泊旅行へ行こうという話になった。子どもも「行きたい!」と言っている。ホテルも空いている。温泉もある。夕食はバイキング。カニまである。もう行くしかない。人類がここまで文明を発展させたのは、このカニを食べるためだったのではないかと思う。
ところが冷蔵庫に貼られた一枚の紙を見る。
「土曜日 通常練習」
「日曜日 練習試合」
カニ、死亡。
ここから家族旅行の相談だったはずの会議が、突然「チームに対する忠誠心を審査する臨時国会」に変わる。
「休んでも大丈夫かな」
「試合出してもらえなくならない?」
「でもホテル取れるのこの日だけだよ」
「監督、どう思うかな」
誰も監督を旅行に誘っていないのに、なぜか旅行計画の最重要人物として監督が登場する。家族四人で箱根へ行く話なのに、実質五人目の参加者である。しかも本人は何も知らない。
あとはLINEで「家族旅行のため欠席します」と送れば終わりだ。十数文字である。ところが送信ボタンの重さがおかしい。Amazonで洗剤を注文するときは0.4秒で押せるのに、「欠席します」だけはアメリカ大統領が核攻撃を承認するときくらい慎重になる。
「本当に送信しますか?」
LINEはそんなこと聞いていない。自分の脳が聞いている。
しかも面白いのは、本人である小学生が横でポテトチップスを食べながらゲームをしているのに、親だけが人生について悩んでいることである。
強豪チームで「欠席します」が言いづらくなる理由は、大きく三つある。Aは、出席がいつの間にか忠誠心の証明になること。Bは、親の頭の中で欠席とレギュラー争いが勝手に結婚すること。Cは、他の家庭が頑張っている姿を見ると、自分だけ温泉に入る行為が国家反逆罪のように感じられることだ。
つまり、ただの予定連絡だったはずの「欠席」が、いつの間にか「我が家はチームをどれだけ愛しているか選手権」になる。
誰が開催したんだ、その大会。
A 「休む」が予定連絡ではなく、やる気の申告になってしまう
本来、出欠確認なんて「行く」「行かない」「まだ分からない」で終了である。居酒屋の予約より簡単でいい。「参加」「欠席」「未定」。以上。ここに人格審査は含まれていない。
ところが熱量の高いチームでは、ある時から「欠席」に余計な字幕が付き始める。
「旅行のため欠席します」
画面にはこれしか書いていない。
なのに親の目には、
「我が家はチームより温泉を選びました。なお夕食は蟹食べ放題です」
と表示される。
誰もそんなこと言っていない。
そこで文章を修正する。
「家族の予定のため欠席します」
まだ軽い気がする。
「以前から予定していた家族行事のため欠席します」
急に格式が出た。
さらに罪悪感が強い人になると、
「以前より予定しておりました家族行事のため、誠に恐縮ではございますが……」
待て。
小学生のドッジボール大会を休む連絡ではない。上場企業の社長が株主総会を欠席する文面になっている。
最後に「何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」まで付いたら完全に負けである。相手はコーチだ。宮内庁ではない。
しかも誰かから「旅行は禁止」と言われたわけではない。それでも、「強くなりたいなら練習」「みんな頑張ってる」「試合に出たいなら来ないとね」という言葉が少しずつ積み重なると、「練習に来る子=本気」「休む子=やる気薄め」という謎のポイントカードが頭の中で発行される。
一回出席するごとに忠誠ポイント1点。
自主練で2点。
旅行でマイナス800点。
ポイント設計がおかしい。
練習に来ることと競技への本気度は、もちろん無関係ではない。ただ、祖母の誕生日会に行ったらバスケットへの情熱が27%減るわけではないし、ディズニーランドへ行った瞬間にシュートフォームが崩壊するわけでもない。
ミッキーマウスにそこまでの破壊力はない。
B レギュラー争いが始まると、親は頼まれてもいないのに自分で自分を脅し始める
強豪チームの親には、特殊能力がある。
監督が一言も言っていないことを想像し、勝手に不安になり、自分で自分を追い込める。
「この日休んだら、次の試合出られないかも」
監督は言っていない。
「○○君は全部来てるし」
○○君はただ練習に来ているだけである。
「大会前だし印象悪いかな」
印象というものが何点満点なのかも分からない。
それでも親の脳内では裁判が始まる。
検察官「被告人は11月3日、練習を欠席し、家族で伊豆へ行きましたね?」
被告人「はい」
検察官「その時間、チームメイトは体育館で練習していましたね?」
被告人「はい」
裁判長「懲役二試合ベンチ」
全部、自分の妄想である。
しかも一度旅行したあと、たまたま次の試合で出場時間が短かったりすると大変だ。
「やっぱり旅行したから?」
違うかもしれない。相手との相性かもしれない。調子かもしれない。ポジションの組み合わせかもしれない。単にその日のプレーが悪かったのかもしれない。
しかし親の脳は、旅行を犯人にしたがる。
「あの露天風呂が……」
温泉に罪はない。
こうして一度恐怖を覚えると、家族旅行だけでは済まなくなる。兄弟の発表会、祖父母の家、親戚の集まり、学校の友達との約束。全部がチーム予定との面接を受ける。
「志望動機をお願いします」
「祖父の七十歳の誕生日でして……」
「それはバスケより大切ですか?」
何だこの面接。
やがて冷蔵庫に貼ってある予定表が家庭内最高権力者になる。
父「旅行行く?」
母「ちょっと待って。予定表に聞いてみる」
冷蔵庫「…………」
家族「土曜、練習だ……」
もはや紙ではない。将軍である。
もちろん、大会前の練習を重視する考え自体は自然だ。チーム競技なので、連携確認の日に全員いたほうがいいこともある。
だったら、それを分かるようにしておけばいい。
「この日の練習は大会メンバー選考に関係する」
「この日は戦術確認なので、可能なら参加してほしい」
これなら家庭も判断できる。
一番怖いのは厳しいルールではない。
存在するのかどうか分からない透明なルールである。
見えない敵ほど怖い。ホラー映画とスポ少はそこだけ妙に共通している。
C 休みにくさを作っているのは監督だけではない。隣にいる保護者だったりする
そして、ここから急に温泉の湯加減が悪くなる。
自分たちは旅行へ行った。その日、他の保護者は朝から会場準備をしている。車を出している。荷物を運んでいる。審判をしている。体育館のモップまでかけている。
こちらはそのころ浴衣を着て、
「卓球やろうぜ!」
と言っている。
ものすごい罪悪感である。
ピンポン玉を打つたびに、
「カーン」
ではなく、
「当番」
と聞こえる。
翌週、体育館で会う。
「旅行どうだった?」
ただの会話である。
しかし罪悪感のある側には、
「旅行どうだった? こっちは朝5時半起きだったけどな」
と聞こえる。
そんなこと一言も言っていない。
「楽しかったよ」
と答えながら、顔は謝罪会見である。
逆の立場にも言い分はある。
毎週のように車を出している親からすれば、他の家庭が「今週旅行なんで」と休んでいるのを見ると、少しモヤッとすることもある。
自分が体育館でパイプ椅子を並べているとき、他人が海鮮丼の写真をInstagramに上げていたら、イクラ一粒一粒が挑発的に見えてくる。
「こっちは椅子48脚だぞ」
知らんがな、である。
でも人間なので、そういう感情は出る。
だから欠席する親だけが悪いわけでも、モヤモヤする親だけが悪いわけでもない。そもそも子どもが一日休むことと、親が担っている運営業務がくっつきすぎている。
子ども「今日は休みます」
チーム「了解」
本来これで終了である。
ところが現実には、
「じゃあ車一台減る」
「審判どうする」
「荷物担当代わり誰」
「写真撮影どうする」
「鍵誰持ってる」
欠席一件でオセロの盤面みたいに全部ひっくり返る。
そりゃ休む側も「すみません」を三回くらい言いたくなる。
問題は温泉ではない。
一家庭が休んだだけで運営まで温泉に沈む仕組みのほうである。
「うちは休みません」が美談になり始めると、ちょっと危ない
スポ少には、ときどきものすごい家庭がいる。
「うちは旅行も全部、練習のない日に入れてるよ」
すごい。
旅行会社より先に年間予定表を確認している。
「正月も自主練した」
すごい。
初詣よりドリブルである。
「去年は一回も休んでない」
すごい。
皆勤賞を出したい。金メダルも付けよう。額縁に入れて体育館入口に飾ろう。
ただし、それはその家庭の選択である。
問題は、その話を聞いた別の家庭が「あ、そこまでやらないとうちは本気じゃないのか」と感じ始めることだ。
「うちは旅行も全部バスケの休みに合わせてる」
と言われた側は、
「へえ、すごいね」
と笑いながら、内心では、
「家族旅行の日程まで他家の部活方針に監査される時代が来たのか」
と思っている。
別に言った側もマウントを取ったつもりはないかもしれない。ただの世間話である。
でも、熱心な家庭の「普通」は、少しずつ周囲の「最低ライン」になりやすい。
一人が朝7時に来る。
次の人が6時50分に来る。
さらに誰かが6時40分に来る。
そのうち体育館が開く前に保護者だけ20人並んでいる。
何の行列だ。
限定スニーカーでも売るのか。
頑張る家庭がいるのはいい。ただし、その家庭の頑張りを全員の標準装備にすると、スポ少がだんだん軍事訓練になる。
小学生スポーツの予定表に「家族旅行禁止」とは書いていない。
なのに全員が旅行を避け始めたら、それはルールではなく空気が仕事をしすぎている。
空気は無料なのに、たまに権力だけはすごい。
「子どもが行きたいと言っているから」は、ときどき親が自分を納得させる言葉にもなる
さらに難しいのが、子ども自身が「旅行より練習行きたい」と言い始めるケースだ。
これは普通にある。
バスケが好きなら練習したい。サッカーが好きならボールを蹴りたい。野球が好きなら朝6時でも起きる。
普段、学校の日は7時15分になっても布団と一体化しているのに、大会の日だけ5時20分に起きる。
あれは何なんだ。
人間の起床能力は予定によって変わるのか。
だから「本人が行きたいなら練習へ行く」で問題ない。
ただ、親として一度だけ確認したいのは、「行きたい」と「行かなきゃ」が同じ言葉になっていないかだ。
子どもにも小学生なりの政治がある。
「休んだらポジション取られるかも」
「みんな行くって言ってた」
「コーチに何か思われそう」
「次の試合出たい」
こういうものを全部まとめて、
「俺、練習行く」
と言うことがある。
男らしい。
だが中身を開けると不安が四種類くらい入っている。
そこで、
「旅行とバスケ、どっちが大事?」
なんて聞くと最悪である。
突然、小学生に人生哲学を問うな。
「お父さんとお母さん、どっちが好き?」
と同じくらい答えにくい。
それより「休んだら試合に出られなくなるのが心配?」「自分だけ休むのが嫌?」と聞いたほうが本当の理由は見えやすい。
子どもが本当に練習したいなら行けばいい。
ただ、「俺はバスケが好きだから!」と言った五分後にYouTubeを三時間見ている場合もあるので、小学生の情熱については少し長い目で見たほうがいい。
解決策は「気軽に休もう」ではない。休んだ意味を勝手に増やさないことだ
ここまで読んで、「じゃあ練習なんて好きなだけ休めばいいじゃん」となると、それも雑すぎる。
大会前の練習を三回休んで、当日だけ「スタメンでお願いします」は、さすがに寿司屋へ閉店五分前に入って「大将、ここからコースで」と言っているようなものである。
チームスポーツなので、参加する責任はある。
ただし、欠席に余計な意味を100個つける必要はない。
Aについては単純だ。
「家族の予定で欠席します」
終了。
理由を盛らなくていい。
「以前より予定されておりました、親族間における極めて重要な……」
旅行だろ。
温泉だろ。
堂々と行け。
Bについては、出席が試合選考に影響するなら、ある程度分かるようにする。
「大会直前の練習は参加状況も考慮する」
これだけでいい。
逆に何も説明せず、親だけが「旅行すると干されるのでは」と想像しているなら、全家庭が見えない敵と戦うことになる。
見えない監督を倒すゲームになってしまう。
そしてC。
子どもが休むと親の仕事まで全部別家庭へ飛んでいくなら、そこは分けて考えたほうがいい。
「今週は旅行なので欠席します」
「了解。ちなみに来週の荷物担当お願いね」
これなら分かる。
欠席するたびに他の家庭が穴埋めする仕組みなら、そりゃ誰も休めない。
「休んで大丈夫ですよ」と言いながら、休んだ瞬間にグループLINEが、
「車が一台足りません」
「審判どうします?」
「誰かお願いできますか?」
と鳴り始めたら、全然大丈夫ではない。
レストランで「ご自由にお取りください」と書いてある唐揚げを一個取った瞬間、店員が全員こちらを振り返るようなものである。
自由って何だ。
本当に強いチームなら「一日休んだ家庭」を恐れる必要はない
強豪チームほど休めない。
確かにそう感じることはある。
でも、本当に安定しているチームは、家族が一泊旅行へ行ったくらいでは壊れない。
一人休む。
「了解」
以上。
次の練習でまた来る。
以上。
本来これくらいでいい。
一家庭が温泉へ行っただけで、
「やる気が……」
「チームへの姿勢が……」
「みんなは頑張ってるのに……」
と緊急対策本部が設置されるなら、むしろ温泉一泊の戦闘力を高く見積もりすぎである。
箱根はそこまで強くない。
小学生のスポーツなのだから、本気でやる子がいていい。県大会を目指してもいい。全国大会を目指してもいい。自主練してもいい。毎日ボールを触ってもいい。
そして、ときどき旅館で浴衣を着て卓球してもいい。
卓球で負けた父親が「俺は元卓球部だから」と突然言い出してもいい。
それも家族である。
次の三連休、また予定表を見ることになる。
土曜、練習。
日曜、試合。
月曜、休み。
また親の脳内会議が始まるかもしれない。
それでも家族で話して、「今回は旅行へ行こう」と決めたなら、
「家族の予定のため欠席します」
でいい。
送信。
ポチ。
爆発しない。
監督のスマホから煙も出ない。
体育館も崩れない。
日本代表の世界ランキングも下がらない。
そして、その一文を送るだけなのに毎回胃薬が必要になるなら、見直したほうがいいのは旅行の予定ではない。
「欠席」の二文字に、忠誠心、根性、レギュラー争い、親の協力度、人生観、家族愛、将来性、ついでに温泉の泉質まで全部背負わせている、そのチームの空気のほうである。
あなたのチームではどうですか?
スポ少・少年団・クラブチームで実際にあった出来事や、保護者として感じていることを匿名で教えてください。ClubCoreブログの記事づくりの参考にさせていただく場合があります。
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